闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 赫燕(かくえん) ◇◇◇

 鼻につくのは、木材が燃える臭い。至る所から上がる黒煙が目に沁みる。 玄済(げんさい)国の旧王都・盛楽(せいらく)。かつては数多(あまた)の民で賑わい、豪奢(ごうしゃ)な宮殿が存在していたであろうこの都は、今や見る影もない。

 住民は恐怖に駆られて逃げ散り、価値あるものは全て持ち逃げられたのか、あるいは灰燼(かいじん)に帰したのか、残されたのはただの廃墟と化した瓦礫(がれき)の山々。風が吹き荒れるたびに、かつての繁栄を嘲笑(あざわら)うかのように土埃が舞い上がった。

 赫燕(かくえん)軍は、何の抵抗もなく、この旧王都を蹂躙(じゅうりん)した。略奪する価値すら見出せないこの城に、彼らは惰性で、そしてある種の苛立ちをもって火を放っていく。燃え盛る炎は、突き抜けるような青空を赤黒く染め上げる。


 風に髪が(なび)き、燃え盛る炎の熱が肌に伝わる。赫燕(かくえん)は、燃え上がる都を馬上から眺めていた。その瞳には、勝利の歓喜も、破壊への陶酔(とうすい)も宿らない。ただ、目の前で繰り広げられる光景を、一枚の絵画でも見るかのように、静かに見つめているだけ。

「お頭、今日はここに(とど)まりますかー?」

 血の匂いが漂う城内を巡回し終えた(じん)が、赫燕(かくえん)のもとへと戻り、問いかけた。彼は、血が滴る双刀を振り払って、鞘に収めている。

「ああ」

 赫燕(かくえん)は簡潔にそう答え、その視線を隣に控える子睿(しえい)へと向ける。子睿(しえい)(うやうや)しく頭を下げると、自身の馬を一歩前へと進め、いつものように貼り付けたような笑顔を周囲に向ける。