闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 脳裏で()けつくように、記憶が(おぞ)ましい幻影へと変わる。

 腕の中にいる玉蓮。その瞳が、自分ではない、どこか遠くへ向けられる。いや、違う。見ているのだ。あの、白楊の獣を。 その唇が、微かに動く。自分の名ではない、男の名を、音もなく紡いでいる。己が抱いているはずの彼女の、その魂だけが、あの男に奪われていく。

 崔瑾(さいきん)の頭の奥で、張り詰めていた何かが、ぷつり、と音を立てて切れた。


「——黙れ!」


 雷鳴のような一喝と共に、崔瑾(さいきん)が傍らの卓を拳で叩き割った。凄まじい音と共に、木片が飛び散り、周囲にいる大臣たちから「ひい」と小さな悲鳴が聞こえた。

「国を(うれ)い、民を思う者こそが、真にこの国を導くべきだ! 己の私欲に溺れる者が、高みに座す資格などない!」

 自らの唇から溢れる、激しさを止められない。すべてを守るのだ。民も、兵も、そして——彼女も。

 この衝動の果てに、たとえ、この身が滅びようとも、国と民、彼女の安寧があるのだから。いや、そうでなければ。そうであるはずだ。たとえ、結果として、王も太后も周礼までも守ってしまうのだとしても。それでも。

 そう、信じる。信じ抜いてみせる。





 謁見が終わり、崔瑾(さいきん)は静かに呂北(ろほく)の西門へと向かった。太陽は西の山並みに微かに傾き、空は茜に染まりはじめている。


 城壁の上から、彼は眼下の往来を見やった。遠く、木材を積んだ牛車列が、油紙を掛けた荷を揺らしながら西外(にしそと)水門道へと折れていく。

 肩に工具を担いだ職人が二人、その後に続き、通り過ぎた風に木屑と油の匂いがかすかに残る。きっと、西外(にしそと)水門の外、葦原(あしはら)の縁では、連日、板道を打つ音が続いているだろう。

 耳の奥で木槌(きづち)が三度、四度と鳴るような気がして、崔瑾(さいきん)(まぶた)を下ろした。目を開き、西門の先の広い土地を見渡せば、視線の端、北の林へ抜ける古道にも、人影がゆらりと揺れた。