一方で、王宮の者たちは、言葉だけを弄している。
「周礼殿」
喉から氷のような声が落ちる。
「お戯れは、そこまでにしていただきたい。今、この瞬間にも、南西の地では、民と兵が血を流している。その現実を見ようともせず、ただ甘言を弄《ろう》するのは、大王に侍る臣下の仕事ではありますまい」
周礼はいつもの甘ったるい笑みを崩さずにこちらを見ていて、何を思ったのか、満足げに口の端を吊り上げる。
「おや、これは、崔瑾殿。いささかお疲れのご様子ですな」
「迫る赫燕軍に対して、急ぎ対抗策を練っているのだ。そなたら文官は、戦場を——」
「幾日も寝ておらぬご様子」
崔瑾の言葉を遮るようにねっとりとした声が紡がれる。
「お疲れでしょうなぁ」
「大都督して当然のことです」
「さすがですな。ですが、貴殿ご自慢の白楊の姫君は、今頃、屋敷で一人、寂しく貴殿の帰りをお待ちかねでしょう」
周礼が一歩、崔瑾に近づいたその瞬間。ふわり、と。甘く、深い伽羅の匂い——後宮でも太后の間だけで焚かれる香りが漂った。一瞬、周礼の姿が、あの太后の面影と重なる。目の前の周礼がさらに蛇のような笑みを深めた。
「……もっとも、そのお寂しい夜もそう長くは続きますまい。戦が終われば、どんな形にしろ、姫君は月貌華と謳われるその美しい体を持て余す暇などないでしょうからな」
周礼の言葉が、的確に、魂に膿み続けていた傷口そのものを抉る。
「周礼殿」
喉から氷のような声が落ちる。
「お戯れは、そこまでにしていただきたい。今、この瞬間にも、南西の地では、民と兵が血を流している。その現実を見ようともせず、ただ甘言を弄《ろう》するのは、大王に侍る臣下の仕事ではありますまい」
周礼はいつもの甘ったるい笑みを崩さずにこちらを見ていて、何を思ったのか、満足げに口の端を吊り上げる。
「おや、これは、崔瑾殿。いささかお疲れのご様子ですな」
「迫る赫燕軍に対して、急ぎ対抗策を練っているのだ。そなたら文官は、戦場を——」
「幾日も寝ておらぬご様子」
崔瑾の言葉を遮るようにねっとりとした声が紡がれる。
「お疲れでしょうなぁ」
「大都督して当然のことです」
「さすがですな。ですが、貴殿ご自慢の白楊の姫君は、今頃、屋敷で一人、寂しく貴殿の帰りをお待ちかねでしょう」
周礼が一歩、崔瑾に近づいたその瞬間。ふわり、と。甘く、深い伽羅の匂い——後宮でも太后の間だけで焚かれる香りが漂った。一瞬、周礼の姿が、あの太后の面影と重なる。目の前の周礼がさらに蛇のような笑みを深めた。
「……もっとも、そのお寂しい夜もそう長くは続きますまい。戦が終われば、どんな形にしろ、姫君は月貌華と謳われるその美しい体を持て余す暇などないでしょうからな」
周礼の言葉が、的確に、魂に膿み続けていた傷口そのものを抉る。

