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周礼は大王の間を出ると、そのまま後宮の最奥、太后の居室へと向かった。重い扉を開けると、そこには伽羅の香が淀むように満ちている。王の部屋の熱気とは違う、肌を刺すような冷気が漂う。
「印庫と、当時の太医局の者は」
氷のように冷徹な声で、太后が問う。周礼は恭《うやうや》しく背を伸ばした。
「ご安心を。古い者は皆、辺郡へ飛ばすか、病死いたしました。余計な口は、もう都には一つもおりませぬ。それに、当時の記録などは、全て旧王都の書庫に……」
「ククッ……」
太后の喉から、押し殺した笑いが漏れた。
「赫燕大将軍が、燃やしてくれたのであったな」
「左様でございます。奴のおかげで、当時の『不審な死』に関する証拠は、全て灰と化しました。いずれにしろ、香炉の意匠部分やあの場の骸などは、全て無縁墓地へ捨て置きましたゆえ、記録があったところで意味はないのですが」
これで、誰も過去を掘り返すことはできない。あの若造が何を嗅ぎつけていようとも、証拠などどこにもないのだ。
「王はどうだ」
「太后様の筋書き通りに。崔瑾を反逆者と認定いたしました」
「よろしい。遅らせるでないぞ」
「は。明日のうちに、残りも片づけます」
太后が卓上の蝋を長く伸びた爪で軽く弾くと、薄い蝋片がはらりと落ち、床の闇に消える。取るに足らぬ羽虫でも払うかのような仕草と共に、彼女は能面のような笑みを浮かべて呟いた。
「証拠なき真実は、妄言と同じ。見えぬものは、無いのと同じだ……愚かな英雄よ」
周礼は音もなく平伏した。床に向けられたその瞳の奥には、闇夜に光る毒蛇のような、爛々とした光が宿っていた。
周礼は大王の間を出ると、そのまま後宮の最奥、太后の居室へと向かった。重い扉を開けると、そこには伽羅の香が淀むように満ちている。王の部屋の熱気とは違う、肌を刺すような冷気が漂う。
「印庫と、当時の太医局の者は」
氷のように冷徹な声で、太后が問う。周礼は恭《うやうや》しく背を伸ばした。
「ご安心を。古い者は皆、辺郡へ飛ばすか、病死いたしました。余計な口は、もう都には一つもおりませぬ。それに、当時の記録などは、全て旧王都の書庫に……」
「ククッ……」
太后の喉から、押し殺した笑いが漏れた。
「赫燕大将軍が、燃やしてくれたのであったな」
「左様でございます。奴のおかげで、当時の『不審な死』に関する証拠は、全て灰と化しました。いずれにしろ、香炉の意匠部分やあの場の骸などは、全て無縁墓地へ捨て置きましたゆえ、記録があったところで意味はないのですが」
これで、誰も過去を掘り返すことはできない。あの若造が何を嗅ぎつけていようとも、証拠などどこにもないのだ。
「王はどうだ」
「太后様の筋書き通りに。崔瑾を反逆者と認定いたしました」
「よろしい。遅らせるでないぞ」
「は。明日のうちに、残りも片づけます」
太后が卓上の蝋を長く伸びた爪で軽く弾くと、薄い蝋片がはらりと落ち、床の闇に消える。取るに足らぬ羽虫でも払うかのような仕草と共に、彼女は能面のような笑みを浮かべて呟いた。
「証拠なき真実は、妄言と同じ。見えぬものは、無いのと同じだ……愚かな英雄よ」
周礼は音もなく平伏した。床に向けられたその瞳の奥には、闇夜に光る毒蛇のような、爛々とした光が宿っていた。

