闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「……赫燕(かくえん)は、なぜこのような残虐な手段をとったのか。意味のない虐殺など」

「意味なら、あります。兵糧を惜しんだのでしょう。そして——」

「それでも、投降兵を虐殺するなど、意味があるものではない!」

「それが、あの人の戦い方なのです」

 崔瑾(さいきん)の瞳を、玉蓮は、真っ直ぐに見返した。朗らかな陽差しも、暖かい春の風も、意味をなさないほどに、指先が冷たくなる。崔瑾(さいきん)は視線を落とし、祈雨(きう)の札を卓に置く。

「……何より、日照りが深刻です。井戸の水位がまた下がった、と。この乾きが続けば、民が先に倒れてしまう」

 その言葉を証明するかのように、庭の(かめ)は早くも底を見せ、門前を通る売り子が「祈雨札(きうふだ)は倍だよ!  西外(にしそと)水門じゃ青い布が山積みだ!」と声を張っている。

祈雨(きう)の儀が近く行われるでしょう。城外の西外水門で潔斎(きよめ)の支度が始まるかと。だが、あの男が、この干ばつという好機を逃すはずもない」

「……彼は、赫燕(かくえん)将軍は、今どこに」

 その瞬間、崔瑾(さいきん)の、あの穏やかだった瞳から、すっと温度が消える。それは、雛許(すうきょ)の宿の夜に見た、全てを凍てつかせる光。まるで自分という存在の芯までを見透かすような、その冷たい光が、今、真っ直ぐに、こちらへと向けられ、喉がひりつく。

「……呂北(ろほく)の、喉元です」

 指が示したそこは、まさに玄済(げんさい)の心臓部、呂北(ろほく)の喉元。

(……もう、こんなに近くに)

 その事実が、彼女の鼓膜を、そして心の臓を、直接、激しく打ち鳴らす。痛みを覚えるほどの鼓動に、玉蓮は思わず、胸元に忍ばせた紫水晶に触れた。