闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

玄済(げんさい)国 斥候兵◇

——鼻につくのは、血と脂の焦げる匂い。

 斥候(せっこう)は、玄済(げんさい)国の旧王都・盛楽(せいらく)を見下ろせる丘の草むらに腹這いになり、込み上げる吐き気を必死に(こら)えた。まるで、大地を黒く覆い尽くし、草一本残さず喰らい尽くす(いなご)の群れ。ここ数ヶ月、玄済国を震撼させている赫燕軍の進軍は、まさに災厄そのものだ。

 敵国・白楊(はくよう)の筆頭、大将軍となった殺戮(さつりく)の将——赫燕(かくえん)赫燕(かくえん)軍は、玄済(げんさい)国の首都・呂北(ろほく)の西に広がる十五の都市を、わずか二旬で()とした。春が芽吹き始めるはずの大地は、あまりに生々しい焦土(しょうど)に変貌した。


 くすぶる黒煙、焼け落ちた村々、炭と化した家屋、崩れた(ほこら)。煙に混じって、乾ききった土の匂いがする。大地そのものが悲鳴を上げているかのようだ。空には蠅が飛び交い、遠くに積み上げられた「(けい)」——首級の山が、白く光る朝日に照らされている。その高さは城壁に届くほどで、死の証が誇示されるかのように天を指している。

 そして、城門前に築かれた、髑髏(どくろ)台。白く磨かれた頭蓋骨だけで組み上げられた異様な塔。どのように作ったのかなど、想像もしたくない。

 そして、何よりも恐ろしかったのは、その静けさ。これほどの破壊と殺戮を行いながら、赫燕(かくえん)軍からは、勝利の(とき)の声一つ、聞こえてこない。ただ、淡々と、まるで農夫が畑を耕すかのように、彼らは命を刈り取り、大地を焼いていく。その、あまりにも無感情な営み。

 人の所業ではない。赫燕(かくえん)軍は、もはや軍ではない。これは、戦術でもなく、占領でもない。呪いの行軍。喰らい尽くすまで止まらぬ、(とが)に満ちた者たちの行進。


 黒煙は、風に押され、王都・呂北(ろほく)の方角へ細く長く流れていく。風のせいだ——そう思い込もうとしても、胸の奥では、都の喉に(すす)がたまっていく絵が離れなかった。

崔瑾(さいきん)様にっ……報告、しなければ」

 このままでは、都全体が黒い煙に覆い尽くされ、生きるものすべてが窒息してしまうのではないか。そんな悪寒が、背筋を凍らせる。