闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 ここで取り乱しては思う壺。震える膝を叱咤し、宦官を鋭く見据えた。

「わかりました。参りましょう。ですが、このままの姿で、大王様と太后様の御前に出るわけには参りません。礼節を欠かぬよう、身支度を整える時間を頂きます」

 宦官は眉をひそめる様子もなく頷く。

「……早急にお願いいたします」

「ええ」

 玉蓮は短く答え、息を整えた。そして、懐の奥にある紫水晶を、一度だけ強く握りしめる。

翠花(スイファ)、支度を。侍女たちを急ぎ集めなさい」

「は、はい……!」

 慌てて動こうとする翠花を、玉蓮は強い視線で制した。

「王の御前です——『深紫(こきむらさき)に白菊』の刺繍の外套(がいとう)を」

 その言葉に、翠花(スイファ)の動きが微かに止まる。彼女の瞳の光が強くなった。玉蓮の持ち物に、白菊の刺繍のものは数多くある。だが、深紫(こきむらさき)に白菊は特別な時だけのもの。

 翠花(スイファ)の顔色が、恐怖から決意へと変わる。主の意図を——悟ったのだ。

「承知しました」

 翠花(スイファ)が奥の部屋へと走ると同時、宦官が部屋の外に出る。玉蓮は鏡の前に立った。

 すぐに一枚の厚手の外套を手にして彼女が戻ってくる。深紫(こきむらさき)の上質な布地。その内側の隠し(ふくろ)には、ずしりとした重みがあるはずだ。

「奥様、こちらでよろしいでしょうか」

 玉蓮は差し出された衣に手を伸ばした。硬い陶器の感触が、布越しに伝わる。

 近づいた翠花に、耳元で小さく声を落とす。

「旦那様に伝えなさい——後宮へ参ります」

「奥様」

「決して手を出されぬように、と」

 翠花(スイファ)の指が小刻みに揺れている。そこに手を添えて、少しだけ力を込める。

「頼みます」

 翠花(スイファ)は深く頭を下げた。

御意(はい)。必ず……!」

 玉蓮は、翠花(スイファ)に向かって視線だけで頷くと、前を見て一歩を踏み出した。どこまでも真っ直ぐに背筋を伸ばして。