闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

崔瑾(さいきん)様が、白楊(はくよう)国の姫君を娶られた時、我ら側近は、いささか驚きはいたしましたものの、それも崔瑾(さいきん)様の深い誠意、何より姫君を思われてのことと、深く納得しておりました」

 馬斗琉(ばとる)は、重い石を置くように、一言一言を慎重に紡ぐ。

「しかし、近頃の崔瑾(さいきん)様は、いささか……いえ、崔瑾(さいきん)様らしくありません。あの姫君へのご執心は、あまりに目に余ります。一つの情に囚われ、大局を見失うこと。それこそが、国を滅ぼす、最も恐ろしい病にございます。朝廷での風当たりを強くする原因は、崔瑾(さいきん)様ご自身であることを、ご承知おきください」

 崔瑾(さいきん)は、書簡に視線を落としたまま、馬斗琉(ばとる)の言葉を静かに聞いていた。そして、そのままの姿勢で、唇が動く。

「……忠告、痛み入る」

 その声があまりに平坦で、空気が一瞬にして張り詰める。

 崔瑾(さいきん)は、ゆっくりと顔を上げ、馬斗琉(ばとる)の瞳を真っ直ぐに見据えた。その目に宿る光は、氷のように冷たく、かつてないほどの強い意志を秘めている。

「しかし、玉蓮殿は私の妻だ。そのことについて、口を挟むことは許さぬ」

 馬斗琉(ばとる)は、息を呑んだ。目の前の(あるじ)の瞳は、もはや、あの、全てを静かに映し出す、森の湖ではなかった。そこにあるのは、ただ一つのものだけを映し、それ以外の一切を拒絶する、冷たく、そして、硬質な暗い輝き。

「……御意」

 馬斗琉(ばとる)は、それ以上何も言えず、深く頭を下げた。