◇◇◇ 馬斗琉 ◇◇◇
翌朝、馬斗琉は、重い足取りで崔瑾の部屋を訪れた。
昨夜、部屋から聞こえたあの不穏な物音と、崔瑾らしからぬ声。それを思い出すだけで、胃の腑が、冷たい石になったかのように重くなる。
馬斗琉は、黙って扉の前に立った。心の臓の音が耳元で大きく鳴り響き、全身に冷たい汗が滲む。一度、大きく息を吐き、乱れた呼吸を整える。そして、顔を上げ、静かに告げた。
「馬斗琉です」
「……入りなさい」
一拍遅れて返ってきた言葉に、再び戸惑いを覚えながらも部屋に足を踏み入れる。当然のことながら、すでに部屋は整えられており、昨夜の争いを思わせるような痕跡はどこにも見当たらない。散乱した書類も、割れた器の破片も、まるで最初から存在しなかったかのように完璧に片付けられている。
部屋の中央には、書簡に目を通している崔瑾の姿があった。一見、冷静なその表情の裏側、目の奥に潜む何かに——馬斗琉は、息を呑んだ。
「崔瑾様」
主の私事に口を挟むなど、臣下に非ざるべきこと。ましてや閨事となれば尚更だ。しかし、機会を逸すれば、このまま何かが崩れていく。
馬斗琉は、一瞬、言葉を選び、深く頭を下げる。
「昨夜の、ことではございませぬが……」
一度、固く目を閉じて深く息を吸うと、絞り出すように、言葉を紡ぎ始める。
翌朝、馬斗琉は、重い足取りで崔瑾の部屋を訪れた。
昨夜、部屋から聞こえたあの不穏な物音と、崔瑾らしからぬ声。それを思い出すだけで、胃の腑が、冷たい石になったかのように重くなる。
馬斗琉は、黙って扉の前に立った。心の臓の音が耳元で大きく鳴り響き、全身に冷たい汗が滲む。一度、大きく息を吐き、乱れた呼吸を整える。そして、顔を上げ、静かに告げた。
「馬斗琉です」
「……入りなさい」
一拍遅れて返ってきた言葉に、再び戸惑いを覚えながらも部屋に足を踏み入れる。当然のことながら、すでに部屋は整えられており、昨夜の争いを思わせるような痕跡はどこにも見当たらない。散乱した書類も、割れた器の破片も、まるで最初から存在しなかったかのように完璧に片付けられている。
部屋の中央には、書簡に目を通している崔瑾の姿があった。一見、冷静なその表情の裏側、目の奥に潜む何かに——馬斗琉は、息を呑んだ。
「崔瑾様」
主の私事に口を挟むなど、臣下に非ざるべきこと。ましてや閨事となれば尚更だ。しかし、機会を逸すれば、このまま何かが崩れていく。
馬斗琉は、一瞬、言葉を選び、深く頭を下げる。
「昨夜の、ことではございませぬが……」
一度、固く目を閉じて深く息を吸うと、絞り出すように、言葉を紡ぎ始める。

