「これはこれは。崔瑾殿、英雄にあるまじき顔ですな。まるで、お気に入りの玩具を奪われまいと駄々をこねる、子どものようだ」
「——周礼ッ!」
崔瑾の怒声が、回廊の空気を震わせた。これまでの冷静沈着な仮面が剥がれ落ちる。
「貴殿は——!」
彼女は玩具ではない。崔瑾の妻で、一人の人間だ。射殺すような勢いで睨みつける崔瑾に対し、周礼は涼しい顔で袖を払い、なおも言葉を続ける。
「おや、恐ろしい……まあ、大切な姫君が、いつまでも崔瑾殿の屋敷で無事に過ごせることを願うばかりですな。世には、思わぬ『手違い』も起こるもの。美しすぎる花は、強風に折れやすい——くれぐれもご用心を」
周礼は、堪えきれないとでも言うように蛇のような笑い声を漏らし、ゆったりとした足どりでその場を去っていった。その背中からは、底知れぬ悪意と、確信めいた予言の気配が滲み出ていた。
残された崔瑾は、震える拳を、血が滲むほど強く握りしめる。
(手違いだと——? させるものか)
もう二度と、彼女を汚させはしない。彼女の尊厳を守れるのは、私だけだ。
(——守り抜く。この命に代えても、必ず)
その決意だけが、思考の全てを焼き尽くしていた。

