闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「……崔瑾様を、恨まれるな」

 阿扇はどうにか言葉を紡ぎ出す。黒石を音もなく盤に置きながら、絞り出すような声で、彼は玉蓮に訴えかけた。

白楊(はくよう)玄済(げんさい)は敵国同士。赫燕軍を滅ぼしたのは——」


——パチィンッ!


 鋭く、硬質な音が阿扇の言葉を断ち切った。

「——恨んではおりません。戦乱の世、玄済(げんさい)の大都督《だいととく》であれば、当然のことでしょう」

 阿扇の言葉を最後まで聞く事なく放たれた、相手の息の根を止めるような一手。そして、毅然とした玉蓮の声。阿扇の喉がごくりと動く。

「ただ、わたくしの家族は……皆、戦場に散った。それだけです」

 あまりに静かで、そしてあまりに深い声。事実として、彼女が愛した「家族」は、阿扇が仕える主君によって戦場でその命を散らした。その、覆ることのない事実だけがそこにある。

「だが、崔瑾様は……」

「わかっています。旦那様が……亡骸(なきがら)を辱めるような方ではないことも。丁重に、葬ってくださったであろうことも……わかっているのです」

 涙も見せず、声も震えず、その美しい顔のどこも引きつらない。音もなく、色もなく、揺れることさえなく、漆黒の瞳が盤面を映していた。その、あまりにも深い孤独と哀しみが、主君が囚われる、あの執着の正体なのか。

 玉蓮のどこにもいくことのできない哀しみを感じながらも、阿扇は短く息を吸い込むと、「どうか」呟く。

「……どうか、崔瑾様をお支えいただきたい」

 阿扇は、かつてこの女に向けた警戒の心を、心の奥底へと押しやった。主君が、壊れてしまう。その、一つの切実な思いが、彼に深く、深く、頭を下げさせた。

「あの方は、霜牙(そうが)の戦い以来、何かに取り憑かれたかのようだ。夜ごとに悪夢にうなされ、日中はまるで心ここに在らず。周囲の進言にも耳を傾けられなくなった。このままでは、崔瑾様ご自身が潰れてしまう。さすれば、玄済(げんさい)国も……」

 阿扇は首を横に振る。

「玉蓮様だけが、あの方を救うことができます。お分かりでしょう、あの方がどれだけ深く貴女様を思っているのか。あの方は、自らを見失うほどに玉蓮様を思っているのです。玉蓮様の存在こそが、あの方を再び奮い立たせる、唯一の希望なのです」

 阿扇の必死の願いに、玉蓮は何も答えなかった。だが、その視線が、崔瑾が去っていった部屋の方へと、ほんの一瞬だけ向けられる。その僅かな視線の揺らぎに、阿扇は縋るような思いで「希望」を見た。

 玉蓮は音もなく立ち上がり、「では」と短く告げると、迷うことなく崔瑾の後を追っていった。