◇◇◇ 阿扇 ◇◇◇
主《あるじ》の、明らかに常ならぬ姿に、側近たちの間に動揺が走る。そんな中、玉蓮は終わらぬ盤に、一人、静かに石を打ち続けている。その指先は淀みなく、まるでそこに目に見えない相手がいるかのように。その様子を見て、馬斗琉と阿扇は、互いに顔を見合わせる。特に言葉を交わす必要もなく、馬斗琉は崔瑾の後を追いかけた。
一方、阿扇は、音を立てずに玉蓮の元に歩み寄る。近づいてくる阿扇を視界の端で捉えていたのか、それとも自分の元に来ることを予見していたのか、玉蓮は盤面から視線を上げずに、しかしはっきりと呟いた。
「阿扇」
そのあまりにも静かで、凛とした声に、阿扇の肩がぴくりと微かに動く。
「……わたくしと、手合わせ願えませんか?」
淡々とした、感情の起伏を感じさせないその声。それが、かえって阿扇の胸を締め付ける。阿扇は短く「はい」とだけ答えると、崔瑾が座っていた場所に腰を下ろし、石を手に取った。再び、ぱちり、ぱちりと、石が打たれる音が響く。その音だけが、二人の間に流れる空気を揺らしていた。
「……碁を打てば、相手の方が何を考えていらっしゃるのか、わかるものでしょうか」
玉蓮の問いは、盤を挟んでいる人間ではなく、その先にいる誰かに問いかけるようだった。
「私は、そこまでではありません」
阿扇は、視線を盤面に向けたまま答えたその言葉に、玉蓮は微かに口元を緩めたように見えた。
「……きっと、旦那様は」
石を打とうとしていた阿扇の手が、ぴたりと止まる。
「手に取るように、お分かりになるのでしょうね」
視線を玉蓮に向ければ、そこに在るのは、かつて国を傾けると警戒したほどの、息をのむような凄絶な美貌。長いまつ毛が伏せられたその瞳は、悲しそうにも、切なそうにも、そして微かに微笑んでいるようにも見える。白菊と称される白楊《はくよう》国の姫は、どこか昏《くら》い色を宿した瞳で、じっと盤面を見つめていた。
「……阿扇?」
玉蓮が顔を上げ、その瞳を阿扇に向ける。その瞬間、阿扇の胸がざわりと大きく脈打つ。小さく首を傾げる玉蓮は、あまりにも可憐で、確かに白菊そのものだと阿扇は思った。しかし、その可憐な姿とは裏腹に、彼女の瞳の奥には、容易には測り知れない深淵が広がっている。
主《あるじ》の、明らかに常ならぬ姿に、側近たちの間に動揺が走る。そんな中、玉蓮は終わらぬ盤に、一人、静かに石を打ち続けている。その指先は淀みなく、まるでそこに目に見えない相手がいるかのように。その様子を見て、馬斗琉と阿扇は、互いに顔を見合わせる。特に言葉を交わす必要もなく、馬斗琉は崔瑾の後を追いかけた。
一方、阿扇は、音を立てずに玉蓮の元に歩み寄る。近づいてくる阿扇を視界の端で捉えていたのか、それとも自分の元に来ることを予見していたのか、玉蓮は盤面から視線を上げずに、しかしはっきりと呟いた。
「阿扇」
そのあまりにも静かで、凛とした声に、阿扇の肩がぴくりと微かに動く。
「……わたくしと、手合わせ願えませんか?」
淡々とした、感情の起伏を感じさせないその声。それが、かえって阿扇の胸を締め付ける。阿扇は短く「はい」とだけ答えると、崔瑾が座っていた場所に腰を下ろし、石を手に取った。再び、ぱちり、ぱちりと、石が打たれる音が響く。その音だけが、二人の間に流れる空気を揺らしていた。
「……碁を打てば、相手の方が何を考えていらっしゃるのか、わかるものでしょうか」
玉蓮の問いは、盤を挟んでいる人間ではなく、その先にいる誰かに問いかけるようだった。
「私は、そこまでではありません」
阿扇は、視線を盤面に向けたまま答えたその言葉に、玉蓮は微かに口元を緩めたように見えた。
「……きっと、旦那様は」
石を打とうとしていた阿扇の手が、ぴたりと止まる。
「手に取るように、お分かりになるのでしょうね」
視線を玉蓮に向ければ、そこに在るのは、かつて国を傾けると警戒したほどの、息をのむような凄絶な美貌。長いまつ毛が伏せられたその瞳は、悲しそうにも、切なそうにも、そして微かに微笑んでいるようにも見える。白菊と称される白楊《はくよう》国の姫は、どこか昏《くら》い色を宿した瞳で、じっと盤面を見つめていた。
「……阿扇?」
玉蓮が顔を上げ、その瞳を阿扇に向ける。その瞬間、阿扇の胸がざわりと大きく脈打つ。小さく首を傾げる玉蓮は、あまりにも可憐で、確かに白菊そのものだと阿扇は思った。しかし、その可憐な姿とは裏腹に、彼女の瞳の奥には、容易には測り知れない深淵が広がっている。

