闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 遠くから聞こえてきた翠花(スイファ)の声に、玉蓮の身体はびくりと震えた。その瞬間、首元に赫燕(かくえん)の指が微かに触れ、熱い余韻が肌に残る。後ろを振り返れば、外套(がいとう)を手にした翠花(スイファ)と、その隣を歩く崔瑾(さいきん)の姿があった。

 遠くからでもわかる崔瑾の鋭い眼差しに、玉蓮は己の喉から空気がひっくり返るような音を聞いた。しかし、その瞳は玉蓮ではなく、ずっと赫燕だけを捉えている。砂利(じゃり)を踏み鳴らすように歩いてきた崔瑾が、お手本のように微笑みを浮かべて、手を合わせた。

「これは、赫燕(かくえん)大将軍」

大都督(だいととく)崔瑾(さいきん)殿」

 赫燕(かくえん)もまた、低い声で応じる。二人が礼を交わす、その瞬間。それまで聞こえていたはずの、風の音がぴたりと止んだ。崔瑾(さいきん)は、赫燕(かくえん)の隣に立つ玉蓮をちらりと見やり、すぐに視線を赫燕(かくえん)に戻す。

「妻に、何かご用でしたか?」

「……軍の皆の話を。大都督(だいととく)が気にされるほどのことでもない、身内話です」

 赫燕(かくえん)は、表情も、声も、何も(よど)むことなく、一息でそう返す。

赫燕(かくえん)大将軍の軍の話など、興味しかありませぬが」

 崔瑾(さいきん)は、そう言いながら、翠花(スイファ)の手から桃色の絹の外套(がいとう)を優雅に取ると、一歩、玉蓮に身体を寄せるようにして立った。

「玉蓮殿、風が冷たくなってきました。外套(がいとう)を」

 崔瑾(さいきん)の手は、玉蓮を包み込むように、いつものように外套をかけようと動いた。その手つきは優しく、そして慣れている。玉蓮の肩に外套(がいとう)がふわりと羽織らされ、彼女が襟元を引き寄せたその手を、崔瑾(さいきん)はそのままそっと包み込んだ。