闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。


 玉蓮が、白磁の碁笥(ごけ)に手を伸ばした、その一瞬。音もなく、一枚の桃の葉がひらりと舞い落ち、彼女の白く細い指先に触れるか触れないかのところで、盤の縁に留まった。

 玉蓮の手が、ぴたりと止まる。

 彼女の視線は、その葉の元を辿るようにして、ゆっくりと虚空へと向けられた。盤上ではない。風にそよぐ桃の枝葉の、さらにその向こう側。遥か遠い、西の方角。

 その瞳に、物憂げな、けれど焦がれるような熱が揺らめく。無意識なのだろう、彼女の手が、胸元にある衣の上——紫水晶が眠る場所へと、そっと添えられた。

「……玉蓮殿」

 崔瑾の呼びかけに、玉蓮は、はっと視線を盤に戻す。西の空に向けられていた熱が、瞬時に氷点下へと冷めていく。

「……今、何を、考えておられた」

 玉蓮は、何も答えなかった。唇の端を微かに持ち上げ、人形のような微笑(ほほえ)みを浮かべるだけ。崔瑾は、その意味深な、しかし何も語らぬ表情の奥に、あの男の影がゆらりと立ったのを確かに見た。

 崔瑾の指先に挟まれた、黒い石。盤上には、勝利への道筋がはっきりと見えている。ここに打てば、終わる。ここに打てば、勝てる。——だが。指は、空中で凍りついたまま動かない。石を握り込んだまま、ゆっくりと拳を下ろした。左手の爪が皮膚に食い込み、血が滲む。痛みだけが、今の彼を繋ぎ止める唯一の感覚だった。

 「……失礼する」

 崔瑾は低い声で告げると、盤と玉蓮から逃げるように視線を逸らし、立ち上がった。その場に一秒でも長くいることを拒否するように、踵を返すなり、足早に屋敷の奥へと姿を消した。