闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 崔瑾(さいきん) ◇◇◇

 赫燕(かくえん)を討ち取った。勝利のはずだ。だが、胸の内を満たすべき熱い達成感は、どこにも見当たらない。あるのは、すべてが抜け落ちてしまったかのような、絶対的な虚無感だけ。

 脳裏に焼きついて離れないのは、妻の姿。完璧なまでに美しく、そして死人のように冷たい、精巧な人形の(かんばせ)。そして、最後に聞いた、あのあまりに無機質な声。

 回廊を歩く足が、重い泥を引くように鈍い。

 彼女を苦しめていた、彼女を闇の住人としていた元凶——赫燕を排除したはずだ。そう、理屈の上では救済を果たしたはず。しかし、その結果、彼女に残されたものは、虚ろな瞳と、心を削ぎ落とされた抜け殻のような肉体だけ。


(私は、彼女を救ったのか——?)


 問いかけが濁流のように押し寄せ、答えを見つけられないまま、降りしきる冷たい雨の底へと沈み込んでいく。

 彼女を取り戻したかった。それだけだった。赫燕に向けられていた、あの焦がれるような眼差しを、自分だけのものにしたかった。あの炎そのもののような純粋な輝きを、自分に向けて欲しかった。だが、自らの手で炎を消した今、残ったのは灰だけだ。



 その夜、崔瑾は、寝台の上で石のように硬直したまま、闇を見つめ続けた。

 『——旦那様』

 玉蓮の声が、耳の奥で、鼓膜を突き破るかのように、ずっと、止まない。そこに愛などない。憎しみすらない。

 回廊のどこかで、雨樋(あまどい)が絶え間なく、一定の律動で雨水を吐き出していた。

——ボト、ボト、ボト。

 その単調で陰鬱(いんうつ)な音が、あの大地で赫燕の流した血の音のように聞こえる。崔瑾の視界が白々と明けるまで、その目蓋(まぶた)が一度も閉ざされることはなかった。