闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 ——その瞬間。

 糸が切れた操り人形のように、玉蓮の体はずるりと床に崩れ落ちた。

「……ぁ……っ、……」

 喉から、空気が抜けるような音が漏れる。震える手で懐を探り、肌身離さず持っていた自身の紫水晶を取り出す。もう一方の手で、卓の上に遺された対の石を掴み取る。

 カチリ、と二つの石が触れ合う。本来なら、赫燕(かくえん)の血と汗が染み込み、火傷するような熱を帯びているはずの石。指の腹が、石の裏に刻まれた鋭い溝に触れた。

「ッ……」

 氷のように冷たい。生命の痕跡など微塵(みじん)もない。絶対的な無機質の冷たさ。それが指先から心の臓へと伝わり、玉蓮の血液を凍らせていく。


 ——赫燕の、あの不遜な笑み。

 ——深淵を宿した瞳。

 ——肌を焼くような熱。

 ——「生きろ」と、そう告げたあの低い声。


 いくつもの記憶が、声が、熱が、一度に脳を()く。声がでない。息ができない。叫びたいのに、その名を呼ぶこともできない。喉が引きつり、涙だけが、瞳から溢れて床を濡らした。

「っ! ッ……ッ……!」

 二つの石を両手で包み込むように握りしめ、その冷たさにすがるように、頬に当てる。まるで、そこにあるはずの赫燕の体温を求めるかのように。求めてはいけない、あの熱を。

 二つの石を両手で包み込むように握りしめ、額を床に擦り付ける。獣のように体を丸め、石の冷たさにすがるように頬に押し当てる。


『——お前は、それが好きだな』


 求めてはいけない。もう二度と戻らない、あの熱を。

 外の雨音が激しさを増す中、部屋には、声にならない慟哭だけが、いつまでも響いていた。