闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。



 夜明け前。河伯(かはく)(ほこら)に隣接する楼閣(ろうかく)の一室。外はまだ厚い雲に光を遮られ、闇は深かった。崔瑾は濡れた髪もそのままに、玉座の男に深く頭を垂れた。厳かな沈黙の中、王の冷徹な声が降る。

「戦は?」

 崔瑾は顔を上げず、床を見つめたまま答える。

「は。白楊(はくよう)国の軍を退(しりぞ)けました。赫燕(かくえん)軍は壊滅……大将軍・赫燕を討ち取りました」

 勝利の報告。だが、返ってきたものは、賛辞ではなく、苛立ちを含んだ小さな舌打ちだった。

「赫燕はどこだ。我が元へ連れて来いと命じたはずだ」

「すでに埋葬しております」

 崔瑾の言葉に、王の顔がみるみるうちに激昂の色に染まった。

「——ふざけるな!」

 雷鳴のような怒号が壁を震わせる。王は玉座から立ち上がり、荒い足取りで崔瑾に詰め寄った。

「あやつの首を飾るのだ! 美しき獣を! お前、王命に背いたというのか!」

 至近距離で浴びせられる罵声にも、崔瑾は眉一つ動かさない。淡々と、しかし毅然(きぜん)と言葉を紡ぐ。

「赫燕は、無数の矢を受け、全身が蜂の巣のようでした。さらにこの気温と湿気では、王都へ着く頃には(うじ)が湧き、()ちませぬ。大王の御目を汚すことになりますれば」

 ——魁偉(かいい) 龍姿(りゅうし)  鳳貌(ほうぼう) 赫然(かくぜん)

(あの男は最後まで——)

 壁を叩く雨音が、鼓動と重なる。懐に入れた紫水晶の冷たさが、己の決意を支えていた。瞳を伏せるようにして、頭を再び深く下げた。

「お前——!」

 王が拳を振り上げた、その時。

「——ふふ、ふふふふ」

 鈴を転がすような、華やかな笑い声が割って入った。

「は、母上?」

 王が気勢を削がれ、振り返る。

大都督(だいととく)よ、素晴らしい勝利である」

 太后はゆっくりと扇を閉じ、静かな眼差しでこちらを見下ろした。

「おやめなさい。玄済(げんさい)国を恐怖に陥れた軍を破った英雄です。敵国の将の首など、国が潤ったことに比べれば些事(さじ)に過ぎませぬ」

「ですが——」

「王よ」

 反論を遮るように、太后の声色が一段と鋭く尖る。