闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 崔瑾 ◇◇◇

 酒宴の喧騒(けんそう)が、崔瑾(さいきん)の耳には遠く聞こえていた。白楊(はくよう)国の重臣たちと形式的な外交辞令を交わしながらも、崔瑾の意識はすでに、会場の中央に座る赫燕(かくえん)へと向けていた。あの会談の日以来、直接対峙するのは初めてのこと。好敵手と呼ぶに相応しい、あの男。

 視線を微かに動かして、視界の端に捉えたとき、彼の無防備に開かれた胸元に視線が吸い寄せられ、崔瑾の動きは、一瞬、ぴたりと止まった。

 杯を傾けかけた腕が、宙で凍りつく。

 赫燕の胸元で揺れる、あの紫水晶。その、あまりにも見慣れた輝き。違う。見慣れているはずがない。あれは、敵国の将軍の胸にあるのだから。では、なぜ、この輝きを、知っているのか。

 喉の奥で、温い酒が途切れた。脳裏で、灼けつくように、記憶が逆流する。


——西の空を見つめていた、彼女の横顔。

——「珍しい石だと思っただけです」と告げた時の、彼女の、あの安堵の表情。

——そして、会談の日に、彼女のうなじを所有者のように撫でた、あの男の指。


(ああ、そうか)


 あの紫水晶は、彼女の過去などではない。この腕の中にいる間でさえも、今この瞬間でさえも、あの男と彼女を繋いでいる、『鎖』。彼女の中の闇は、あの男そのものなのだ。