闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

王后(おうこう)様はとても優しい方でした。夏国(かこく)の奴婢である私にも、人間として接してくださいました」

 芳梅(ほうばい)の言葉が途切れ、底知れぬ静寂が降りる。崔王后の名は、玉蓮も調べていた。だが、残された記録には「火災により逝去」という簡潔な一文があるのみ。太后が幼い王子を火の中から救い出した美談の影に、完全に埋もれてしまっている存在だ。

太后(たいこう)様が、王后(おうこう)になられた経緯をご存じですか?」

 芳梅(ほうばい)の突然の問いかけに、玉蓮はわずかに眉根を寄せた。

「……燃え盛る宮から幼い王子、今の大王をお救いになったと」

 芳梅(ほうばい)が胸の上で両手を強く握りしめている。骨が浮き出るほどに力が込められ、爪先が白く鬱血(うっけつ)していく。

 やがて、芳梅はゆっくりと首を横に振る。

「……きっと、私めの命もあと僅か。崔家の奥方様と出会ったのも、亡き王后様のお導きでしょう。この期に及んで、どうしても打ち明けたい真実があるのです」

「真実?」

「あの火災は、自然発生したものではありません。確かに落雷による火災はありふれたこと。ですが……あの日、崔王后様は、火の手が上がる前、燃え盛る宮の中で……ただ、眠っていらっしゃいました」

「え……?」

「逃げ惑うこともなく、苦しむこともなく。側仕えの侍女達も同様です。まるで、人形のように」

 芳梅(ほうばい)は、地獄の光景を今なお幻視しているかのように虚空(きょくう)を凝視した。

「毒か、あるいは強力な麻痺薬か……」

 玉蓮の呼吸が止まる。言葉が、鉛の塊となって胸の奥底へと沈んでいく。

「私は、別の部屋に王子といたのです。泣き叫ぶ王子を抱えて走りました。あともう少しで外に出られるというところで、巨大な(はり)が落ちてきて……意識が飛びかけました。その時です。炎の向こうから現れたのが——当時の、(ふう)貴妃(きひ)様でした」

 芳梅(ほうばい)の体がガタガタと震えだす。恐怖が、二十年の時を超えて彼女を支配している。

「貴妃様は……冷ややかな笑みを浮かべて、私から気絶した王子を奪い取り、ただ一言、こう仰ったのです。……『よくやった』と」

 ヒュッ、カヒュッ、と喘鳴(ぜいめい)が響く。芳梅(ほうばい)は、千切れそうな息を繋ぎながら語り続けた。

 馮貴妃、つまり太后の手の者たちは、焼け跡の掃除を急いでいた。全身を焼かれ、物言わぬ肉の塊と化した芳梅(ほうばい)を、彼らは他の侍女たちの遺体と共に、荷車に放り込んだのだという。