闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「類稀なる、お美しさ……どちらの、ご夫人でいらっしゃいますか?」

「わたくしは、崔家夫人、玉蓮です」

 ヒュッ、と老婆の喉が鳴った。次の瞬間、彼女は糸が切れたようにその場に崩れ落ち、額を岩肌に擦り付けて平伏していた。

「……ぁ……あ……!」

 嗚咽(おえつ)のような、獣の唸り声のような音が、震える背中から漏れる。岩に落ちた雫が、黒い染みを作っていく。

(ほう)、何をしているのです。立ちなさい」

「いいえ! いいえ……!」

 巫女の声にも首を激しく横に振り、その瞳から涙を流し続ける。玉蓮が戸惑いながらも手を差し伸べると、彼女は怯えたように身を縮め、さらに激しく涙を流した。その姿があまりに痛ましく、玉蓮はその痩せ細った背中をさすった。骨と皮ばかりの感触が、手のひらに伝わる。

「……これは……一体」

「……崔夫人。この者は、二十年ほど前、この(ほこら)の前で倒れていたのを、先代の巫女が助けたのです。火傷がひどく、当初は言葉も……。時折、何かを思い出すのかこのように取り乱すのです。どうかお許しを……」

 頭を下げる巫女に、玉蓮は無言で頷いた。そして、(ほう)の、布で覆われた顔をじっと見つめる。

 この怯え方は、尋常ではない。

「巫女様。少しの間、(ほう)と二人にしていただけませぬか。少しだけ話がしたいのです」

「……御意」

 巫女の足音が遠ざかり、枯れた泉に静寂が戻る。玉蓮は膝をつき、できるだけ穏やかに(ほう)に語りかけた。

「崔家と縁があるのですか?」

 平伏していた(ほう)が、ゆっくりと頭を上げる。焼け残った目蓋(まぶた)が微かに震えながら開かれると、そこには、どこか悲しげな色に濡れている瞳があった。彼女は玉蓮をじっと見つめ、喉奥で音を鳴らし、やがて何かを決意したように大きく息を吐き出した。

「崔家の、方なのですね……」

「ええ。夫は、崔瑾(さいきん)と申します」

 (ほう)の目から、涙が、とめどなく溢れ出す。そして、彼女は震える声で語り始めた。

「私めは、元・夏国(かこく)の後宮侍女、名を芳梅(ほうばい)と申します。国が滅亡した後、奴婢として玄済(げんさい)王后(おうこう)様の宮に贈られました」

王后(おうこう)……太后(たいこう)様の?」

「……いいえ。先の王后(おうこう)様、大王の実母でいらっしゃる、崔王后(さいおうこう)様です」

(さい)……」

 心の臓が早鐘を打つ。崔王后。崔瑾の叔母にあたる女性だ。