闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 玉蓮(ぎょくれん) ◇◇◇

 大地は、ひび割れていた。空は(なまり)色に淀み、雨の気配など、どこにもない。霜牙(そうが)の地で、国の存亡を賭けた血の雨が降っているというのに、ここ、古き河伯(かはく)(ほこら)には、重く、肌にまとわりつくような沈鬱(ちんうつ)な空気が満ちている。

 ここは、かつて()と呼ばれた国の聖域。玄済(げんさい)国が奪い、自らの神を祀り上げた場所。玉蓮は、他の高官の妻妾たちと共に、純白の斎服に身を包んでその場に(ひざまず)いていた。太后のご指名通りに。戦勝祈願と、雨乞い。その、二つの祈りのために、敵国の公主は格好の「飾り」なのだろう。

 隣には、阿扇(あせん)が護衛として控えている。その背中は硬く、どこか居心地が悪そうだ。彼の視線は、絶えず周囲を警戒し、片時も玉蓮から離れない。儀式は、呼吸を拒むような濃密な澱みの中、粛々と進んでいく。巫女たちの唱える単調な祝詞(のりと)。焚かれる清めの香。玉蓮は目を閉じ、外界を遮断するように耳を澄ませる。

 二人の男の顔が、交互に脳裏をよぎる。

 不遜な笑みも、穏やかな微笑(ほほえ)みも。浮かんでは消え、消えては浮かぶその残像が、玉蓮の肺をゆっくりと押しつぶしていく。どちらが勝っても、きっと一方は死ぬ。あるいは——二人とも。今この瞬間も、彼らは血の海の中にいるのだ。胸元の紫水晶を、祈るように握りしめる。凍てついた氷のように、指先の熱を奪っていく。嫌な予感が、背筋を這い上がる。

 儀式の一部として、玉蓮は巫女に導かれ、(ほこら)の奥にある聖なる泉での、さらなる禊《みそぎ》へと促された。

「護衛の方はここまでに」

 巫女の無機質な声に、阿扇は一瞬ためらいを見せたが、無言で頷き、入口で深く頭を下げて足を止めた。

 通されたのは、岩肌に囲まれた、薄暗く小さな空間。そこにあるはずの聖なる泉。だが、玉蓮の目に映ったのは、絶望的な光景。

 ——水が、枯れかかっている。

(ほう)、こちらへ。夫人のお着替えのお手伝いを」

 巫女の声に促され、岩陰の闇から、一つの影が音もなく滲み出た。顔の上半分を古びた布で覆った、小柄な老婆だった。布の下から覗く皮膚は赤黒く引き()れ、まるで溶けた蝋が固まったかのように(ただ)れている。

「……わたくしが……お手伝い、いたします」

 その声は、枯れ葉が擦れるように乾き、掠れている。だが、その抑揚の端々に、かつて高貴な場にいた者特有の静かな響きが残っている。老婆の指先は枯れ木のように硬く節くれ立ち、玉蓮はその手に戸惑いながらも身を任せた。