闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 脳裏をよぎるのは、この穏やかな日々とは真逆の光景。血と鉄の匂いが充満する獣の巣。耳に残る、荒々しい男たちの笑い声と、彼の不遜(ふそん)な低い声。そして、肌を焼くような熱と、魂ごと奪われるかのような激しい口づけ。思い出すたび、背筋に何かが()い寄るような、熱と震えが入り交じる気配が残る。

 玉蓮は、(ふところ)に忍ばせた匕首に触れた。(つか)に嵌め込まれた紫水晶が、月の光を吸って、ひやりと冷たい。この冷たさだけが、崔瑾(さいきん)の温もりの中で溶けてしまいそうになる自分を、元の場所へと引き戻してくれる。

 太后と周礼、この国の要を壊す手がかりを、何も掴めぬこの状況に胸が詰まる。次の一手を考えなければ、そう頭をめぐらせた瞬間——


「玉蓮殿」


 静かな優しい声が、西の空を見ていた玉蓮の耳に届いた。匕首をしまい、振り返り、穏やかに微笑んでみせる。

「旦那様」

 震えもしない自分の声をどこか他人のように思う。

 ゆっくりと玉蓮の元まで歩いてきた崔瑾(さいきん)が、その腕の中に玉蓮を抱きしめ、そのまま髪を()く。彼の指が髪に触れるたび、玉蓮は無意識に身を固くした。この優しさから逃げ出したい、と。この温もりが、自分の中にある赫燕の熱を、まるで罪であるかのように、暴き立ててくるからだ。

「何を、していたのですか」

 崔瑾(さいきん)の問いかけに、玉蓮は伏せていた眼差しをそっと上げる。彼の瞳には、偽りのない心配の色が浮かんでいる。

「……少し、感傷に浸っていたのです」

 言葉は自然と口をついて出た。