闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 炎に包まれた城、黒煙の中で崩れ落ちる父たちの姿。父から継いだ剣が、舞う。国の第一将であった朱飛の父が叩き込んだ通りに、二つの剣が風を切る。その動きは淀みなく、狂いなく合わさっていく。まるで、二つの身体が一つの生き物になったかのように。

 一瞬の隙。赫燕の死角から突き出された、一本の槍。心の臓を目掛けた鋭い一撃。

(——入る!)

 瞬き一つ。次に目蓋(まぶた)を開けた時、そこには、反転して赫燕を庇った朱飛の背中があった。

————ドスッ!

 鈍く、重い音が、耳元で響く。己に届くはずだった刃先が、朱飛の背中を、胸を貫き、赫燕の目の前まで突き抜けていた。朱飛の唇から溢れた赤が、赫燕の顔に飛び散り、視界を朱く染める。

「……朱飛、てめえ!」

 喉から、獣のような絶叫がほとばしった。

「えんさ、ま……」

 血を吐きながら、朱飛はゆっくりと、糸が切れた人形のように赫燕の胸に崩れ落ちる。

「……今度こそ……」

 そう呟いて、その瞳から光を消す。銀色の耳飾りが鈍く輝き、ぐらりと揺らいだ。

 目の前から、色が消える。腕の中の(むくろ)が、鉛のように重くなる。だが、それは刹那(せつな)

 赫燕は、朱飛の体を静かに横たえると、再び立ち上がった。その体は、無数の傷から血を流し、満身創痍。それでも、その胸に宿る炎は、衰えていない。仲間たちの死が、最後の燃料となって、体の奥底で、轟々と炎が音を立てて燃え上がる。

(すでに全てを失った。だが、それでも構わない。——喉笛に届く者へ、ただ、届けばいい。後は、あいつが——)

 視線の先、砂塵(さじん)の向こうに、一人、佇む男がいる。崔瑾。

 赫燕は、血に濡れた大剣を、切っ先を揺らすことなく構え直した。刃が、主の殺気を飲み込むように低く唸る。一歩、また一歩。赫燕は、死神のような足取りで歩を進めた。崔瑾の冷徹な瞳が、こちらを捉えている。

「崔瑾。お前の『正義』は、何を守った?」

 目の前の男の、あの完璧な鉄面皮が、初めて微かにひび割れる。

「この世に、絶対の正義が存在するとでも? お前にとっての光は、誰かにとっての闇だ。お前が国を守った結果、玄済(げんさい)の王が……太后が何をもたらした」

 崔瑾の瞳が揺れる。その奥に、明確な動揺の色が滲んでいる。それを見た瞬間、赫燕の口元から愉悦の笑いが漏れた。見える。目の前の崔瑾のさらに向こう側。王都・呂北(ろほく)と、己が描いた壮大な盤の終着点が。

「あなたがやっていることは、ただの破壊です」

 崔瑾が叫び、剣を構え直した——その瞬間。


——ザザザザザザザッ!


 木々の奥、崖の上から無数の黒い盾が、巨大な獣の鱗のように次々と起立した。盾の隙間から、強弩隊の冷ややかな(やじり)が一斉にこちらを睨む。