闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 赫燕(かくえん) ◇◇◇

 側近たちが、次々と散っていく。赫燕(かくえん)は、その全てを視界の端に捉えながら、それでも、ただ一点、前だけを見据えていた。崔瑾(さいきん)の本隊は、もう目前。だが、その進路上には、深緋(こきひ)の旗を掲げた精鋭部隊が、鉄壁となって立ちはだかる。

 赫燕は無言で馬の腹を蹴り、その死の壁に向かって突撃する。馬は刃を受けても、矢が突き刺さっても、決して足を止めない。主の悲願を、その背に乗せていると知っているかのように。赫燕が敵の刃を重い剣撃で弾き飛ばした、その時。死角から伸びてきた槍が、馬の喉元を深く、無惨に切り裂いた。

 ——ヒュルル……ッ!

 苦しげな、笛のような(いなな)き。それでも、愛馬は倒れなかった。主を地面に叩きつけまいと、最後の命を振り絞り、四本の足を踏ん張って立ち尽くす。ブルブルと全身を痙攣(けいれん)させたかと思うと、主の足が地につくのを待ってから、糸が切れたように、ゆったりと崩れ落ちた。

 赫燕は、大地を踏みしめ、物言わぬ馬の頭を一度だけ強く撫でる。

(——倚天(イーティエン)

 感傷に浸る間もなく、四方から無数の刃が殺到する。赫燕は短く息を吸い込み、旋回するように刃を薙ぎ払う。一つ、二つ、三つ……四つ目の穂先を(かわ)した瞬間、背後から猛烈な殺気が迫った。

 しかし、赫燕は笑う。次の瞬間には、一陣の黒い風が、己と敵刃の間へと割り込んだからだ。朱飛、そして彼が率いる最後の数騎。彼らの動きに、迷いはない。朱飛は馬上から飛び降りざまに、音もなく敵兵の首を斬り飛ばした。

 赫燕は、吸い寄せられるように一歩、後ろへ下がり、その背中を朱飛に預けた。ガチリ、と甲冑(かっちゅう)が触れ合う音。背中越しに伝わる、慣れ親しんだ体温と重み。二人は背を合わせ、押し寄せる精鋭の輪に、剣閃(けんせん)で火花を散らす。

「……お前らの隊なら、逃げ切れただろう」

 赫燕が敵を斬り伏せながら、ぽつりと呟いた。

「最期まで……おそばに」

 朱飛もまた、その剣を休めることなく、涼やかに答える。

「……そうかよ」

 赫燕の口元に、笑みが浮かぶ。

「朱飛」

「……はい」

 言葉は、それだけ。互いの背中に伝わる熱が、あの日を思い出させる。