闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

(……もう、駄目だ)

 阿扇(あせん)の中で、何かが、ぷつり、と切れた。忠誠心も、警戒心も、全てがどうでもよくなった。ただ、目の前の、この嵐のような女が、どうしようもなく面白くて、そして少しだけ眩しい。

「くっ」

 己の足元を見ながら、緩む頬をそのままにしていると、玉蓮が不思議そうに顔を覗き込んできた。

「あら。阿扇(あせん)、あなた笑っている?」

 玉蓮の指摘に、阿扇(あせん)はぎくりと肩を震わせ、慌てて真顔を取り繕う。しかし、口元の端にわずかに残る笑みの名残は隠しきれずに、手で覆った。

「——いえ、笑ってなどおりません」

「絶対に笑ってた!」

 玉蓮は、子供が駄々をこねるように、そしてどこか楽しげに、阿扇(あせん)の言葉を遮った。その瞳は、阿扇のわずかな隙を見逃すまいと、爛々(らんらん)と輝いている。

「いいえ、気のせいです」

 頑なに否定する阿扇に、玉蓮は面白そうに目を細める。顔を明後日の方に向け、決して目を合わせようとしない阿扇(あせん)に、玉蓮は「嘘よ」と言いながら、悪戯っぽい笑顔を浮かべて阿扇(あせん)の肩を小突いた。

「あーあ。やはり、着飾ることは向いていないわ。阿扇(あせん)、屋敷に戻ったら剣術の稽古をしたいの。相手をしてほしいわ」

 玉蓮は、豪華な衣装に身を包んだ自身の姿をざっと見回し、ため息を一つ。(きら)びやかな刺繍が施された絹の衣は、彼女の優雅な立ち姿を際立たせていたが、どこか窮屈そうに玉蓮は身を(よじ)る。

「奥様。剣術は怪我をするから控えるようにと、旦那様からきつく言われているのですよ……翠花(スイファ)が旦那様に叱られてしまいます」