闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「お前と二人乗りなんてな」

「迅さん、気持ち悪いのは私も同じです」

「うるせえ! 黙って、剣、振ってろ!」

 馬は再び、玄済(げんさい)兵の波へと突っ込んでいった。(ひづめ)の音が大地を震わせ、砂塵(さじん)を撒き散らした。

 先ほど牙門を討った大男——馬斗琉(ばとる)が叫んだ。

「近衛、盾を詰めろ! 崔瑾様、右へ!」

 重なった盾が、ガリリと鳴り、輪が一段と狭まった。さらに無数の敵兵が押し寄せ、彼らの行く手を阻もうと槍を構え、刀を振り上げる。怒号と金属がぶつかり合う音が、戦場に響き渡る。


 迅の双刀が、風を切り裂くような鋭い軌跡を描き、次々と敵兵を薙ぎ倒していく。子睿は迅の背後を守り、的確に迫りくる敵を(ほふ)る。二騎の道を切り開くように、朱飛が剣を振るい、次々と敵兵の首を斬り飛ばしていく。

 だが、その直後。乱戦の怒号を割って、ごぼりと血を吐く重い響きが、朱飛のすぐ隣から聞こえた。

「……全く、無茶が、すぎる……」

「……おい、子睿」

 迅の焦燥を含んだ呼びかけに、返事はない。子睿の体が馬からずり落ちそうになる。迅はとっさに、空いた片腕でその体を抱き寄せ、自らの背へと強く押し当てた。

「迅」

「ああ」

 朱飛の呼びかけに、迅は短く答えただけだった。だが、その声には、半身を失ったような喪失感が滲んでいる。戦場の喧騒が、一瞬だけ遠ざかる気がした。

「子睿、俺もすぐに行くぞ」

 迅がそう呟いた次の瞬間、朱飛の目は、赫燕が敵兵に囲まれていく姿を捉えた。その姿は、まるで荒波に呑まれるかのように、幾重もの人垣の向こうへ消え去ろうとしている。

「朱飛! お頭の元へ!」

 迅の、魂を絞り出すような絶叫。

「ああ」

 朱飛は短く応え、馬の腹を蹴る。だが、その行く手を阻むように、敵兵の槍兵が立ち塞がった。

「邪魔だ!」

 迅が、動かなくなった子睿を背負ったまま、朱飛の前へと躍り出る。朱飛を狙う無数の槍。迅はそれを躱す素振りも見せず、盾の如く自らの身を投げ出し、無理やり道を抉じ開けた。


——ズ! ズドッ!


 鈍い音が響き、数本の槍が迅の甲冑(かっちゅう)を貫く。溢れ出した赤が、馬のたてがみを無慈悲に塗り潰していくのが見えた。

「朱飛ッ……っ行け……!」

 致命傷を受けた馬が、苦しげに(いなな)き、大きく体勢を崩す。迅の口の端から鮮血が溢れた。もはや、声は音にならない。けれど、その目は確かに朱飛を射抜き——笑っていた。いつもの、悪戯が成功したときのような顔で。

「じゃあ、な」

 迅と子睿の体は、互いに支え合うように重なったまま、一つの塊となって大地へと沈んでいった。

「く!!」

 朱飛は剣を強く、強く握りしめて、再び馬の腹を蹴った。振り返ることは許されない。彼らが命を賭して(こじ)開けた血路を、ひたすらに駆けるだけだ。