闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 朱飛(しゅひ) ◇◇◇

 朱飛の視界には、赫燕(かくえん)の背中だけが映っていた。主の視線は、崔瑾(さいきん)だけを射抜いている。

「お前ら、俺についてこい」

 深淵を覗くような漆黒の瞳が、確かに揺らめく。それは恐怖ではない。獲物を前にした歓喜の震え。

「——()りたいもんを、()りに行くぞ」

 その低く、重い響きに、朱飛の全身を灼熱の衝動が駆け巡る。指先までが沸き立ち、視界が恐ろしいほどに冴え渡った。口元が勝手に歪み、主と同じ、狂気を孕んだ笑みが張り付いていくのがわかった。

(そうだ。我らの命は、この方の描く、壮大な盤面にある)

 その覚悟が、腹の底から灼熱の歓喜となって込み上げてくる。燃え尽きる直前の蝋燭だけが放つ、最期の輝き。


 赫燕が、剣の柄頭で、自らの胸の甲冑を力強く叩いた。

——カーンッ!

 硬質で、澄んだ音が戦場に響く。そして、それに呼応するように、背後で反響が連なった。牙門(がもん)(せつ)(じん)、子睿の胸から。

 朱飛は、一度、赫燕に視線を向けた。そして、朱飛もまた、力強く自らの剣の柄頭で胸を叩いた。

——カーンッ!

 六つの音が重なる。

 馬が(いなな)き、砂塵(さじん)を巻き上げながら地を蹴る。風が頬を刺し、戦の始まりを告げるかのように吹き荒れる。目の前には、無数の玄済(げんさい)兵が、まるで黒い波のように押し寄せていた。

 迫る先、崔瑾のまわりで近衛兵(このえへい)が二重の輪を作るのが見えた。

「盾二列! 長盾《ながたて》は半歩前へ出ろ!」

 崔瑾の近衛兵の声が響くと同時に、深緋(こきひ)の旗が揺れ、槍先が同じ呼吸で前を向く。秩序と正義の軍勢。対する我らは、血に飢えた獣の群れ。

「喰らい尽くせ!!」

 誰の叫びだったか。あるいは全員の魂の咆哮(ほうこう)か。剣を振るうたびに血飛沫(ちしぶき)が上がり、肉が弾け飛ぶ。迫りくる玄済(げんさい)兵を斬り飛ばす朱飛の剣は、まるで生き物のように舞い、一撃ごとに死体の山を築いていく。

 だが、敵の数は無限にも思えた。次から次へと新たな兵が壁となって立ちはだかる。叫び声と断末魔が木霊する、地獄の底。血と臓腑の生臭さが鼻腔を焼き、理性を焦がしていく。

 それでも止まらない。止まるわけにはいかない。死に物狂いで剣を振るう朱飛の耳に、ふと、風の向こう側から異質な音が混じり込んだ。

——ザッ、ザッ、ザッ。

 乱戦の不規則な怒号や悲鳴とは違う。あまりにも整然とした、冷徹な響き。それが微かに、しかし確実に、死角から近づいている気がした。背筋に、冷たいものが走る。

(……なんだ、今の音は)

 確かめたい。だが、斬り結ぶ今は、音の元を探ろうと視線を逸らすことさえ許されない。

(だめだ、今は前だけを見ろ!)

 朱飛は本能が告げる警鐘を無理やりねじ伏せ、顔を正面に固定した。