闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 崔瑾(さいきん)は、ふと書架(しょか)の奥に目を向け、卓の奥の棚から小さな箱を取り出した。

阿扇(あせん)、もう一つ頼み事を良いですか……」

 一瞬、言葉を選びながら、崔瑾(さいきん)は、はっきりと続けた。

「これを、桃の木の下へ」

「これは……?」

 阿扇(あせん)が戸惑いつつも問いかけると、崔瑾はそっと窓の扉を開けると、南庭を見やった。そこには、ぼんやりと灯りが照らす先に一本の桃の木。春に花を咲かせ、今は静かに闇の中に佇んでいる。

「……屋敷の南庭(なんてい)、あの木の根元に。中には、阿扇(あせん)が得てくれた記録や拓などが入っています」

 太后(たいこう)を裁くための証拠が、この小さな箱の中に収められている。阿扇(あせん)は、その箱を受け取って、頷く。

「これだけでは、やはり足りませんか?」

「これは太后(たいこう)の悪行を暴くための重要な証拠となるでしょう。ですが、これを突きつけるだけでは不十分。太后を完全に追い詰めるには、もう一歩、決定的な(くさび)を打ち込む必要があります」

 崔瑾(さいきん)の瞳が鋭く細められる。

「もし、私が結末まで見届けられぬときは……玉蓮殿へ託してください」

 阿扇(あせん)は、不意に箱を抱え直し、思わず問うていた。

「……崔瑾(さいきん)様。まさか、これは——死を前提とした策なのですか?」

「ただ、念には念を。いついかなる時も、最悪を想定して策を講じておくだけですよ」

 冗談めかした口ぶりではあったが、阿扇(あせん)の胸には小さな棘のような痛みが残る。崔瑾(さいきん)の言葉には、常に死と隣り合わせの覚悟が滲んでいる。揺れる蝋燭の灯をじっと見つめながら、阿扇の胸の内に、まだ消えぬ熱が(くすぶ)っていた。