崔瑾(さいきん)の椅子の硬質な木材が床と擦れる、耳慣れた軋(きし)む音が耳に届く。ゆっくりと立ち上がった崔瑾が、阿扇(あせん)の目の前に立ち、その視線はまっすぐに阿扇(あせん)を捉えた。

「玉蓮殿は、今なお復讐という炎の中で、己の身を燃やしながら生きています。私は、その炎の中から、いつか彼女を助け出したいのです」

　阿扇(あせん)は、崔瑾の瞳を見た瞬間、それ以上言葉を続けることができなかった。それは、かつて燃え盛る村で、絶望の淵にいた幼い自分を救い出してくれた時と同じ眼差しだったからだ。

　あの日の記憶が鮮やかに蘇る。炎に包まれた家々、煙にむせる空気、そして、自分を抱きしめ、安全な場所へと導いてくれた崔瑾(さいきん)の力強い腕。その瞳には、あの時と寸分違わず、まっすぐに希望を映している。

「あなたは……手を、差し伸べるばかりではありませんか」

　声が消え入りそうなほどに小さくなっていく阿扇(あせん)の頭を、大きな手が撫でていく。その手の温もりが、頭のてっぺんから、強張っていた肩へと、ゆっくりと染み渡っていく。気づけば、握りしめていた拳から、力が抜けていた。

「子供扱い、しないでください」

「阿扇(あせん)は、私にとっては、いつになっても可愛い弟なのですよ」

　見上げた阿扇(あせん)に、崔瑾(さいきん)は穏やかに微笑む。

「兄の頼みを聞いてくれますか？」

「……まだ、わかりません」

　阿扇(あせん)は視線を逸らし、曖昧に答えた。小さな何かが、胸の中で渦巻いている。

「阿扇(あせん)は、頑固ですからね」

　片眉を上げながら、崔瑾(さいきん)が楽しげに笑みを溢す。