復讐姫と二人の英雄 —殺戮将軍と天才軍師の執着。その天命の盤で美しく狂い咲く—

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 城門を抜けると、世界の色彩が変わった。整然とした石畳の道は、やがて(わだち)の刻まれた土の道となり、赫燕(かくえん)軍の屯所(とんしょ)が近づくにつれ、空気は血と鉄の匂いを帯びていく。

 辿り着いた先、そこは、軍の駐屯地というより、野獣の群れが(うごめ)く巣のようだった。

 紫紺(しこん)地に金の飛龍を描いた旗がはためいている。けたたましい酒盛りの声と乾いた賭博の札の音。もうもうと立ち上る土埃と男たちの汗、そして決して消えることのない微かな血の臭いが混じり合う。

 あちこちで兵士たちが笑い声を上げながら武器の手入れに興じ、その顔に刻まれた深い傷跡と、獲物を探す狼のような瞳が、見る者に声なき威圧をかけてくる。

 その荒々しい獣たちの群れの中に、玉蓮(ぎょくれん)は一輪の花のように投げ出されていた。場違いなほどに清潔な薄紫の衣。彼女の姿を認めた瞬間、周囲の喧騒がふっ、と波が引くように静まり返る。

 突き刺さる無数の視線。それは好奇心などという生易しいものではない。まるで粘つく舌で、衣の上から全身をねっとりと舐め回されるような、剥き出しの欲。ここで(おび)えれば、食われる。本能がそう告げている。

 玉蓮が、肌が粟立つのを必死に抑え、背筋を真っ直ぐに伸ばして大地を踏みしめていると、すっと一人の男が隣に立った。音も、気配もなく。

「……姫さんか」

 低く、響きのある声が鼓膜を震わせた。夜風の匂いを帯びた男は、その髪の半分を固く編み上げ、半分を風に遊ばせている。無表情な顔からは、一切の感情が読み取れない。だが、その瞳は夜風のように静かで深く、周囲の獣じみた男たちとは明らかに異質だということだけはわかった。

 そして、左の耳朶(みみたぶ)には、白楊(はくよう)国では見かけない意匠(いしょう)を施した古びた銀の耳飾りが一つ、鈍い光を放っていた。

朱飛(しゅひ)だ。お頭が待っている」

 男はそれだけを告げると、迷うことなく(きびす)を返す。

 朱飛(しゅひ)が歩みを進める道は、まるで巨大な岩を避けて流れる川のように、自然と開けていく。粗暴な男たちは、彼にだけは畏怖(いふ)の目を向け、道を譲った。夕闇の中、彼女は、その広い背中だけを見つめて進んだ。