闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 握りしめた拳が、その力の反動で揺れる。灯りがぼんやりと書斎を照らす中、崔瑾(さいきん)の瞳がわずかに揺れ、そしてゆっくりと口を開いた。

「……阿扇(あせん)。玉蓮殿を見守ってもらえませんか」

 小さく微笑んでいる崔瑾を見て、阿扇(あせん)の頭の中には、ただただ疑問が浮かんでいく。

 己の命を救った(あるじ)の言葉は絶対、そう誓った。それでも、今の主の言葉にはどうしても頷けない。崔瑾(さいきん)の揺るぎない眼差しが、阿扇(あせん)の胸に複雑な感情を呼び起こす。忠誠心と、主を守りたいという強い願い。その二つの思いが激しくぶつかり合う。

「私は……崔瑾(さいきん)様を害す者は許せません」

「玉蓮殿が、私を害すと?」

崔瑾(さいきん)様が、我が国のため、周礼(しゅうれい)太后(たいこう)を追い詰める策を講じているというのに。太后派は、我らを都合よく使いながら、崔瑾(さいきん)様のお命を狙っているのです。あの姫の動きによっては、全ての計画が水泡(すいほう)に帰すどころか、こちらが危うくなるやもしれません」

 阿扇(あせん)の言葉が熱を帯びていく。脳裏に浮かぶ、一つの(おぞ)ましい絵図を打ち消したくて。復讐に燃えるあの姫が、ほんの僅かな情報を、敵に漏らす。あるいは、その無謀な単独行動が、太后派に、崔瑾(さいきん)を断罪する絶好の「口実」を与える。

 あの姫は、自覚なき最高の「餌」になり得る可能性を秘めている。崔瑾(さいきん)を、破滅へと誘うための。

阿扇(あせん)……」

 ぽつりと、崔瑾(さいきん)が名前を呼んだ。穏やかなその声に、阿扇(あせん)は、はっと我に返る。