闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 阿扇(あせん) ◇◇◇

 胸の奥で煮えたぎるものを抑えきれず、阿扇(あせん)は書斎の扉を強く叩いた。促されるままに崔瑾(さいきん)の書斎に踏み入れると、書物に没頭していたであろう崔瑾(さいきん)が、少しだけ驚いたようにこちらに視線を向けた。

阿扇(あせん)……どうしたのですか」

「奥様が……玉蓮様が、(しょう)将軍と密談なさったようです。記録のようなものを持ち帰っておられました」

 言葉は震え、抑えきれない感情が滲み出てしまう。崔瑾(さいきん)はその報告を黙って聞いていた。変わらない表情が、返されない言葉が、阿扇の心をさらに(あお)る。

「あの姫は……崔瑾(さいきん)様の思いを、少しも理解していない! お立場を危うくするのも構わずに、崔瑾(さいきん)様が助けてくださったというのに!」

阿扇(あせん)

 崔瑾(さいきん)の静かな声が、阿扇(あせん)の言葉を遮るが、感情は容易には収まらない。

「あのまま後宮に入っていれば、すぐに王に殺されたはずです! どれだけ崔瑾(さいきん)様に感謝しても足りぬというのに……崔瑾(さいきん)様をさらに追い詰めるような真似を」

 王が欲していた敵国の公主。白楊(はくよう)国でさえ、殺されても仕方がないと思って贈ってきたのが容易にわかる、政治の黒さだけが溢れでた婚姻。あの王からそれを奪うということが、どういうことなのかは、考えずともわかる。少しも気にかけていない玉蓮に、苛立ちがおさまらない。