闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。


 内から崩壊しそうな国。だが、苦戦を強いられている理由はそれだけではない。

 赫燕軍のこの猛攻は、どう考えても常軌(じょうき)(いっ)している。大規模な白楊(はくよう)国の侵攻が国としての戦略であるのは確かであろう。

(だが、それでもこの鬼気迫る進撃はまるで何かを……そうだ、これは「何か」を欲している)

 赫燕軍の進路の先、その喉元に迫られたのは、王都・呂北(ろほく)。あの、(つい)の紫水晶。彼女のうなじを撫でた、あの見せつけるような仕草。そして、彼女の、西の空を見つめるあの物憂げな瞳。全てが、今、一つの答えを導き出す。

「まさか、あの男は……玉蓮殿を奪い返すために、これほどの焦土(しょうど)戦を仕掛けている、のか……?」

 全身の血が一度、凍り付く。国一つを、焦土(しょうど)に変えてでも、一人の女を奪い返す。その、あまりにも巨大な執着への畏怖(いふ)

「そんな、ことが……そんな」

 だが、次の瞬間、まるで灼けた鉄の杭が、胸の奥に打ち込まれたかのように、彼女のあの眼差しが脳裏に蘇った。あの男だけに向けられる、彼女の、あの魂ごと焦がれるような瞳が。


(思い違いではない。あの瞳を取り戻すために、赫燕は、この戦を仕掛けている——!)


 崔瑾は、その場に崩れ落ちそうになるのをかろうじて(こら)えた。地図を握りしめる、その手がわなわなと震える。そして、崔瑾は立ち上がると、ほとんど叫ぶように、外に控える側近の名を呼んだ。

馬斗琉(ばとる)阿扇(あせん)を呼べ! 今すぐにだ!」


 すぐに、息を切らした二人が、書斎へと駆け込んでくる。

「崔瑾様、いかがなされましたか」

「馬斗琉、これより玉蓮殿の警護を倍に増やせ。屋敷の周囲の全ての門を固め、私の許しなく玉蓮殿を外に出すな。よいな!」

「はっ……! し、しかし、崔瑾様」

 馬斗琉と阿扇は、言葉の意味を測りかねたのか、立ち尽くしている。崔瑾は、氷のような冷たい声で続けた。

「赫燕が、これほど無謀な進軍を続ける理由が、侵攻の他にあるやもしれん。万が一にも、敵の手がこの屋敷に……玉蓮殿に伸びることなどあってはならぬ!」

「崔瑾様……」