闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 しかし、阿扇(あせん)の顔には、まるで牙を()いたような鋭い光が走った。

崔瑾(さいきん)様の奥方でありながら、勝手な真似を……周礼(しゅうれい)太后(たいこう)に口実を与えるおつもりか!」

 玉蓮は静かに足を踏み出す。一歩、また一歩と、ゆっくりと。衣擦れの(かす)かな音だけが、纏わりつくような夜の空気に溶けていく。距離を削るたびに、阿扇(あせん)の呼吸がわずかに乱れていく。

 彼の目の前まで歩を進めた玉蓮は、顔を上げて、その緑がかった瞳をじっと見つめながら、ゆっくりと顔を近づける。その距離が、零れてしまいそうなほどに縮まった時、阿扇(あせん)の瞳の中で反射する灯りが揺れ動いた。阿扇(あせん)が息を呑みこむ音が聞こえ、わずかにのけぞったが、その距離を詰めるように、さらに顔を近づける。

「っ——」

 そして、吐息がかかるほどの距離で、玉蓮は囁いた。

「どこで誰が聞いているかわからぬのです。旦那様の側近であれば、思ったことを、おいそれと口にしてはなりません」

 阿扇(あせん)の肩がわずかに揺れる。その震えの意味を、玉蓮はあえて問おうとはせず、ただ一歩も引かず、阿扇(あせん)を静かに見つめ返す。

「わたくしの敵が……旦那様の敵と重なるのであれば、辿る道は交わるでしょう」

「何を、考えているのですか」

 玉蓮は、その問いに答えることなく、ただ静かに、そして力強く言い放った。

「壊すのです」

 胸の中で、息が熱を帯びるように、轟々(ごうごう)と炎が揺れている。

『——要を、壊せ』

 言葉にならぬ音だけが、内に籠った。