闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 阿扇(あせん)の瞳は、敵を見定めるときのような鋭さを伴っている。書庫の重苦しい空気が、二人の間に張り詰めていた。沈黙を破ったのは阿扇(あせん)

「こちらで何を?」

 玉蓮は視線をわずかにそらし、開かれた書物を指し示した。

「眠れず、読み物を。阿扇(あせん)は、夜の警護ですか?」

崔瑾(さいきん)様が、書庫への出入りをお許しになったと?」

「許されていないとでも? わたくしは崔家(さいけ)の夫人です」

 確かに、崔瑾(さいきん)には書庫の出入りは許されている。泳がされていると言っても良いかもしれない、この状況下であっても、情報を得ることは玉蓮にとっては最優先事項。書庫に入ることに迷いなどない。

 再び二人の視線が強く交錯する。阿扇(あせん)のあまりにも強い視線は、玉蓮に、ただただ容赦なく突き刺さる。

阿扇(あせん)も読みますか? わたくしのお薦めは——」

「不要です」

 玉蓮の言葉を遮った声は冷ややかで、玉蓮が差し出そうとした詩集を見ることもなく、くるりと(きびす)を返した。腰に携えた漆黒の(さや)に収まった剣の(つか)に、阿扇(あせん)の指が触れる。

「あまり妙な動きをなさいませぬよう。大都督(だいととく)の、崔瑾(さいきん)様の名を(おとし)めるような真似だけは、許しません」

 そして淡々と続ける。

「私は、あなたを信用しておりません」

 そう言い残し、阿扇(あせん)は音もなく立ち去った。

 玉蓮は、差し出したままだった詩集をゆっくりと閉じ、その重みを両手に感じる。温かな紙の感触とは裏腹に、心の中は冷え切っていた。

(表向きの情報だけでは足りない——)

 彼女は、静かにその場を離れる。詩集を抱きしめるように胸元に寄せ、足早に回廊(かいろう)の奥へ進んだ。