◇◇◇ 玉蓮 ◇◇◇
最前線からの報は、まるで嵐のように、やがて玄済国の都・呂北へと押し寄せた。それは、都の堅固な城壁さえも揺るがすかの如く、人々の心に暗い影を落としていく。大都督府の奥深くにいても、都の空気が一変したのがわかるほどに。
あの酒宴から、まだ数ヶ月——戦の炎は、いよいよ激しさを増し、国がまさに焼かれ始めている。かつては活気に満ちていた市場の喧騒は、今や鳴りを潜め、商人の威勢の良い声は、熱に浮かされたかのような悲痛な叫びへと変わる。
食糧の不足、物資の高騰、そして何よりも、戦場から届く兵士たちの悲鳴が、人々の日常を少しずつ侵食していく。
そんな重苦しい空気の中、崔瑾は玉蓮の隣に、音もなく座った。冬の終わりを告げるような柔らかな日差しが、書斎の窓から差し込み、部屋の一部を明るく照らしている。
崔瑾は、淡々と口を開いた。
「玉蓮殿。赫燕軍が、玄済の将軍を討ち、投降兵数万を虐殺し、髑髏台を築いたそうです」
「……は」
息が漏れた。
(——髑髏、台?)
胸の奥底から込み上げてくる何かを抑えるために、玉蓮は唇をきつく噛み締める。
彼は、眉根を深く寄せ、手に持っていた書簡を、ことり、と音を立てて机の上に置く。その細い音が、張り詰めた書斎の静寂の中で、不気味なほど響き渡る。
「……赫燕は、なぜこのような残虐な手段をとったのか。意味のない虐殺など」
「意味なら、あります。兵糧を惜しんだのでしょう。そして——」
「それでも、投降兵を虐殺するなど、意味があるものではない!」
「それが、あの人の戦い方なのです」
崔瑾の瞳を、玉蓮は、真っ直ぐに見返した。朗らかな陽差しも、暖かい春の風も、意味をなさないほどに、指先が冷たくなる。崔瑾は視線を落とし、報告書に紛れていた祈雨の札を卓に置く。
「……何より、日照りが深刻です。井戸の水位がまた下がった、と。この乾きが続けば、民が先に倒れてしまう」
その言葉を証明するかのように、庭の甕は早くも底を見せ、門前を通る売り子が「祈雨札は倍だよ! 西外水門じゃ青い布が山積みだ!」と声を張っている。
「祈雨の儀が近く行われるでしょう。城外の西外水門で潔斎の支度が始まるかと。だが、あの男が、この干ばつという好機を逃すはずもない」
「……彼は、赫燕将軍は、今どこに」
その瞬間、穏やかだった瞳から温度が消える。それは、雛許の宿の夜に見た、全てを凍てつかせる光。まるで自分という存在の芯までを見透かすような、その冷たい光が、今、こちらへと向けられ、喉がひりつく。
「……旧王都、盛楽です」
崔瑾の指し示したそこは、王都・呂北に一直線で繋がる地。
(……もう、こんなに近くに)
その事実が、彼女の鼓膜を、そして心の臓を、直接、激しく打ち鳴らす。痛みを覚えるほどの鼓動に、玉蓮は思わず、胸元に忍ばせた紫水晶に触れた。
最前線からの報は、まるで嵐のように、やがて玄済国の都・呂北へと押し寄せた。それは、都の堅固な城壁さえも揺るがすかの如く、人々の心に暗い影を落としていく。大都督府の奥深くにいても、都の空気が一変したのがわかるほどに。
あの酒宴から、まだ数ヶ月——戦の炎は、いよいよ激しさを増し、国がまさに焼かれ始めている。かつては活気に満ちていた市場の喧騒は、今や鳴りを潜め、商人の威勢の良い声は、熱に浮かされたかのような悲痛な叫びへと変わる。
食糧の不足、物資の高騰、そして何よりも、戦場から届く兵士たちの悲鳴が、人々の日常を少しずつ侵食していく。
そんな重苦しい空気の中、崔瑾は玉蓮の隣に、音もなく座った。冬の終わりを告げるような柔らかな日差しが、書斎の窓から差し込み、部屋の一部を明るく照らしている。
崔瑾は、淡々と口を開いた。
「玉蓮殿。赫燕軍が、玄済の将軍を討ち、投降兵数万を虐殺し、髑髏台を築いたそうです」
「……は」
息が漏れた。
(——髑髏、台?)
胸の奥底から込み上げてくる何かを抑えるために、玉蓮は唇をきつく噛み締める。
彼は、眉根を深く寄せ、手に持っていた書簡を、ことり、と音を立てて机の上に置く。その細い音が、張り詰めた書斎の静寂の中で、不気味なほど響き渡る。
「……赫燕は、なぜこのような残虐な手段をとったのか。意味のない虐殺など」
「意味なら、あります。兵糧を惜しんだのでしょう。そして——」
「それでも、投降兵を虐殺するなど、意味があるものではない!」
「それが、あの人の戦い方なのです」
崔瑾の瞳を、玉蓮は、真っ直ぐに見返した。朗らかな陽差しも、暖かい春の風も、意味をなさないほどに、指先が冷たくなる。崔瑾は視線を落とし、報告書に紛れていた祈雨の札を卓に置く。
「……何より、日照りが深刻です。井戸の水位がまた下がった、と。この乾きが続けば、民が先に倒れてしまう」
その言葉を証明するかのように、庭の甕は早くも底を見せ、門前を通る売り子が「祈雨札は倍だよ! 西外水門じゃ青い布が山積みだ!」と声を張っている。
「祈雨の儀が近く行われるでしょう。城外の西外水門で潔斎の支度が始まるかと。だが、あの男が、この干ばつという好機を逃すはずもない」
「……彼は、赫燕将軍は、今どこに」
その瞬間、穏やかだった瞳から温度が消える。それは、雛許の宿の夜に見た、全てを凍てつかせる光。まるで自分という存在の芯までを見透かすような、その冷たい光が、今、こちらへと向けられ、喉がひりつく。
「……旧王都、盛楽です」
崔瑾の指し示したそこは、王都・呂北に一直線で繋がる地。
(……もう、こんなに近くに)
その事実が、彼女の鼓膜を、そして心の臓を、直接、激しく打ち鳴らす。痛みを覚えるほどの鼓動に、玉蓮は思わず、胸元に忍ばせた紫水晶に触れた。


