闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 視界の端で、崔瑾(さいきん)が立ち上がる。衣の音を微かに立てながら一歩ずつ進んで、玉蓮の前で止まった。そして、息づかいが聞こえたかと思うと、「今も」と小さな声がして、玉蓮は視線を崔瑾(さいきん)に戻した。

「復讐を、考えておいでですか」

 背骨に、凍るような風が走る。懐に忍ばせた赫燕の匕首が、まるで自ら熱を帯びたかのように、じり、と存在を主張する。何も答えない玉蓮を、崔瑾(さいきん)は、ただ真っ直ぐに見つめている。長い沈黙の後、彼は静かに口を開いた。

「……いつか、貴女(あなた)のその闇が晴れ、心から笑える日が来ることを、私は願っています」

 そう告げた崔瑾(さいきん)の手が、初めて玉蓮に伸ばされる。ためらいなく、しかしゆっくりと、彼の指先が近づく。その指先が頬を滑る瞬間、息が止まった。彼の胸が近づいてくる、そう思ったのに身体が動かない。

 そして、次の瞬間、肌を包む布の重みと腕の温かさが一斉に全身を押し包んだ。崔瑾(さいきん)の胸から心の臓の音が静かに響いてきて、玉蓮はみじろいだが、その優しいはずの腕に力が込められる。

 ——なぜ。その言葉に涙が溢れるのか。炎が宿るこの胸が締め付けられるのか。

 静かに抱きしめる、この腕を振り払いたい。この温かい胸を押し返したい。優しく触れるこの指を拒みたいのに、なぜ。溢れる涙が、とめどなく崔瑾(さいきん)の胸に吸い込まれていく。