闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。



 馬斗琉(ばとる)が静かに退出した後、部屋には再び重厚な静寂が訪れた。墨の香りと、布の擦れる音だけが、時折その静寂を破る。沈黙の中で、玉蓮は意を決して口を開いた。

「……なぜ、わたくしを?」

 その問いは、玉蓮の心の中で長い間くすぶっていた疑問だった。崔瑾(さいきん)は椅子に座ったまま、その視線を静かに玉蓮の方へと向けた。

「なぜ、とは」

 彼の声は、いつものように穏やかだったが、その中に潜む真剣な響きが、玉蓮の心の芯を、直接震わせる。

馬斗琉(ばとる)の言うとおりです。なぜ、あれほど強引に、わたくしを(めと)ったのですか」

 崔瑾(さいきん)は玉蓮の問いに即答せず、少しだけ遠くを見た。何かを考えるように、何かを思い出すように。そして、彼は自嘲(じちょう)するように、ふっと息を漏らしす。

「……柄にもなく、熱くなってしまったのです。理由は、私にも、まだよくは」

 心の中で風が吹き荒れる。敵国の男で、今まで何度となく戦場で相対してきた総大将。その男が、紛れもなく自分を助け出したのだ。

 あの輿入れの日、ともすればこの男は斬首になっていてもおかしくはなかった。この国の闇を見れば見るほどに、その可能性は、事実となって、また鮮明になる。静かに込み上げてくる、説明のつかない感情を振り払うように、玉蓮は崔瑾(さいきん)から視線を逸らした。