彼の指の温かさが、玉蓮の指先にじんわりと染み渡るのに、熱が引く。そこには確かに温もりがあるのに、心の奥が追いつかない。
「手が冷たくなっているではありませんか。……庭園に、長くいすぎたのですかね」
崔瑾の声色に、玉蓮は顔を伏せ、首を横に振る。
「わたくしは、大丈夫です。これくらい、なんということも」
「大丈夫なわけがないでしょう」
微笑んだ音が頭上から耳に届く。顔を上げない玉蓮の頭に、唇が落とされる。
「赫燕殿、妻は風邪を引きやすいもので、そろそろお暇いたします」
崔瑾はきっぱりと言い放ち、玉蓮の肩を抱き寄せる。引き寄せられた反動で、玉蓮の外套の裾が白菊に触れたのか、二枚の花弁がはらりと舞い、玉蓮と赫燕の間に落ちた。
その花びらの儚さに見入っている間にも、崔瑾の腕は玉蓮をさらに深く抱き寄せ、玉蓮の髪をそっと撫でた。そして、一切の躊躇なく、玉蓮を連れて歩き出す。
「——崔瑾殿」
後ろから、赫燕の、芯の通った声が届いた。
「夫人は、白楊国の公主でもあり、我ら赫燕軍の大切な家族です。どうか、玉蓮を大切に慈しんでいただきたい」
崔瑾の腕の中で振り返った玉蓮と、赫燕の瞳が交差する。しかし、その視線はすぐに、玉蓮の肩を抱く崔瑾の腕によって遮られてしまった。腕に力が込められ、玉蓮はその痛みに思わず顔を顰める。
「将軍……玉蓮殿は、私の妻です」
「承知しております」
「なれば、名を呼ぶのは、今日を限りにしていただきたい」
「……これは、お許しを。呼び慣れていたもので」
見たこともないような穏やかな赫燕の微笑みが、玉蓮の目の前で闇に溶けるように花開いてそのまま溶けていく。
「崔夫人、瞳にはきっと砂が入ったのでしょう。宿に戻られたら、ゆすぐことをお勧めいたします」
手を合わせて、深く一礼をした赫燕が、玉蓮たちとは反対の方へ消えていき、冷たい風だけが、彼の残した言葉の余韻を運んでいく。
玉蓮は、促されるままに、崔瑾の隣で歩みを進めた。その腕に包まれながらも、あの男の声が、頭の中で何度も木霊する。玉蓮の唇が音もなく動く。名を呼ばれたときの響きが耳の奥に残り、心の湖面に波紋を作り広げていた。

