闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「酔われたのか、夫人」

「……少し、だけ」

 玉蓮は、赫燕の視線から逃れるように目を伏せ、言葉を選びながら答える。しかし、その声は微かに震えていた。

「お前は、すぐ酔うからな」

 ふ、と不敵な笑みを浮かべるその男の顔に、視線が奪われる。この男はいつだってそうだ。目の前の人間の瞳を自分に惹きつける。玉蓮は、無意識のうちに胸に手を置いていた。

劉義(りゅうぎ)とは話せたか」

「いえ、先生はずっと捕まっていらっしゃって」

「そうか。あいつは、いつも交渉ばかりだな」

「あの、皆……元気ですか?」

「相変わらずだ。阿呆なことばかりやってる。流石にこの場に呼ばれているのは、軍の者では、大将軍だけだ」

 あまりにも変わらない、赫燕の低い声と、どこかぶっきらぼうな口調。それが、なぜだろう。崔瑾の、どんな優しい言葉よりも、心の奥を甘くかき乱す。笑う赫燕を見て、玉蓮は泣き出しそうになるのを必死で笑みに変えた。

(じん)(せつ)牙門(がもん)の阿呆三人は、どうにかついてこようとしてたが、今は大孤(だいこ)と戦中だ。子睿(しえい)(しび)れ薬を盛って止めてたぞ」

「し、痺れ薬……ふふ」

 赫燕軍の面々が、日々の訓練や任務の中で繰り広げる、たわいもない冗談や競い合いの光景が目に浮かび、笑みが深まる。

「元気か?」

 今度は赫燕が、玉蓮の顔を真っ直ぐに見つめて尋ねた。

「……はい」

 玉蓮は、少し間を置いて、でもその瞳から視線を逸らすことなく答える。

「攻めあぐねていますが……生きて、います」

 生きろ、その言葉を胸に。伝えられない思いを込めて、衣の上から紫水晶に触れるように、己の胸元に手を置いてそのまま握りしめた。

 揺れることなどなかった瞳が微かに揺れている。玉蓮だけを映しながら。

「俺は……お前を」

 しかし、その言葉は途中で途切れ、唇が固く、引き結ばれる。ひとつ息を整えてから、ようやく唇が動いた。

「進めばいい。思うままに」

 心を震わす、その声の元を見つめる。手を伸ばせば、その胸に触れられる。伽羅(きゃら)の香りがする、紫水晶が揺れるその胸に。この胸を焦がすような衝動だけは、どうしても消せない。消えてはくれないのだ。別の道を生きると、あの日、決意したはずなのに。

 伸ばした玉蓮の手に、赫燕の手が触れぬまま、重ねられる。熱が空気の壁を通して伝わってくる。触れることなく、輪郭をなぞるように、大きな手が玉蓮の肌に沿って動いていく。髪を辿り、頬、首筋へ。

 少しでも動いてしまえば、触れてしまうその温もりに、玉蓮は目を閉じた。何の涙かわからない雫が、玉蓮の目尻から溢れていく。この涙も、揺れ動く鼓動も、乱れる呼吸さえ、許されぬはずなのに。月の光が遮られて、閉じた目蓋(まぶた)の先が暗くなる。





「——奥様!」