闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 崔瑾 ◇◇◇

 季節が移り変わり、新緑が目に染みるような強い緑となったある日のこと。朝議(ちょうぎ)の間へと続く長い回廊を、崔瑾(さいきん)は一歩一歩、確かな足取りで進んでいた。

 その脳裏では、昨朝(さくちょう)から立て続けに起こった出来事を順に反芻(はんすう)し、考えを巡らせていた。

 昨朝、印庫。棚の帳簿を開くと、筆跡が前日までと違っていた。棚には、「本日付、辺郡(へんぐん)へ転任」と書かれた紙が一枚、残されているだけだった。

 正午前、回廊。封書を抱えた宦官(かんがん)掖庭(えきてい)を無言で横切る。ふっと伽羅の香がかすめ、崔瑾(さいきん)は足を止めたが、宦官は目を合わせずに去った。

 夕刻、大医(たいい)局。門番は「記録係は病を得て療養中」と答えた。そして、戸口の封じ紙は貼り替えられており、印の欠け位置が昨夜と違う。

(——向こうが先に手を打っている)

 敵はすでに動き出している。印庫も大医局も、人を動かされては証拠としての効力が弱い。このまま王后(おうこう)殺害の件で本丸を攻めても、握り潰されるだけだ。

 (ふところ)に手を入れ、証拠の束に触れる。その冷たさが、胸の奥の熱を静かに(あお)る。

(……ならば、先に『手足』を断つ。あの女の権力の源泉……周礼(しゅうれい)の一族。まずは、そちらからだ)

 崔瑾(さいきん)は顔を上げ、眼前に広がる玉座の間へと歩みを進めた。そこには、この国の命運を握る者が座している。