闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇

 ある日、白楊(はくよう)玄済(げんさい)の間の(もろ)い和睦を再確認するため、玄済(げんさい)からの使節団が、白楊(はくよう)の都・雛許(すうきょ)を訪れることが決まった。

 代表は大都督である崔瑾(さいきん)。そして玉蓮も、妻として、また元は白楊(はくよう)国公主として、その使節団に同行することになった。

 使節団として白楊(はくよう)国に赴くことが決まったその日、玉蓮は一人、崔瑾の屋敷の自室の窓辺に佇んでいた。久方ぶりに踏む、故郷の土。懐かしいという甘い響きとはほど遠い。

 胸を支配するのは、あの地で再び相まみえるであろう、二人の男の存在。陽だまりのような優しい光。そして、魂ごと焼き尽くす絶対的な闇。そのどちらにも、もはや自分は身を置くべきではない。そう分かっているのに、心が揺れて、乱れて、騒がしい。

「奥様。白楊(はくよう)国からの商団に託されたお文が届いております」

 翠花(スイファ)の声に、玉蓮は我に返った。差し出された一通の文。その差出人の名に、玉蓮は息を呑んだ。そこに記されている名は、「劉永(りゅうえい)」。いつもと変わらぬ彼の力強く、どこか真っ直ぐな筆跡に、指が微かに震える。

 この封を切ってしまえば、そこにはきっと変わらぬ彼の優しさが満ちているのだろう。

 ——でも。自分を妻として慈しみ守ってくれる、あの誠実な男への裏切りになる。玉蓮は、その文を開けることなく、立ち上がり、部屋の隅に置かれた文箱の、蓋をゆっくりと開ける。

 中には、封を切られることなく眠っている、同じ筆跡の文が既に数通。冷たく、薄い紙の重なりに手を添えれば、かさりと乾いた音がする。

「永兄様……」

 かたんと、箱の蓋が閉められる音が玉蓮の耳に木霊した。





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 馬車の窓から、見慣れた景色が近づいてくる。玄済(げんさい)国に贈られる時、罪人のようにこの地を去った時とは違う、華やかな歓迎の行列。城門の外から響く太鼓の音が、皮膚を通り越し、胸の奥に鈍く響いた。

 あの時はなかった花の香りが、やけに鼻につく。まるで過去を隠すための仮面のように。

 記憶が——赫燕(かくえん)の肌を焼くような熱、不遜な瞳——それらが、肌の内側をゆっくりと焼いていくような音がする。じりじり、と。微かに、でも確かに。

 ふと、隣に座る夫の穏やかな温もりが肩に触れた。この温かさに、どれほど救われてきたことだろう。

 ——なのに、なぜ。

 それを感じれば感じるほど、白楊(はくよう)の地を踏むごとに、あの男の荒々しい熱だけが、この体を内側から焦がしていく。玉蓮は、その熱を振り切る術もなく、紫水晶に触れるように胸に手を置いて、目を閉じた。