闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

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◇◇◇ 玉蓮 ◇◇◇

 屋敷の外では、空を裂くような雷鳴と、地を叩く雨が荒れ狂っていた。崔瑾(さいきん)の屋敷に、一人の若い将軍が、血相を変えて駆け込んできた。崔瑾(さいきん)の側近の一人である、(しょう)将軍だった。

 書を読んでいた玉蓮は、そのただならぬ気配に、思わず崔瑾(さいきん)に問いかける。

「わたくしは下がりましょうか」

「いえ、貴女もこちらにいてください」

 静かな声に、玉蓮は小さく頷く。(しょう)将軍は、崔瑾(さいきん)の前に崩れるように膝をついた。

「崔瑾様! 妹が……私の妹が……!」

 (しょう)将軍の妹は、1年ほど前に後宮に入ったばかりの新しい妃嬪(ひひん)だと聞いている。

「大王が、些細なことでご機嫌を損ねられ。側にいた周礼様が、それを煽り立て、妹は拷問を受けたと……」

 (しょう)将軍の声が雨音に混じって、玉蓮の鼓膜を打つ。玉蓮の目の前がゆっくりと真っ赤に染まっていく。聞こえるはずのない、姉の悲鳴。後宮の、あの冷たい石の床の感触。

 後宮では、妃嬪(ひひん)や宮女の命は、王の気まぐれ一つで、虫けらのように消し飛ぶ。そして、その裏に、周礼のような悪意が渦巻いていたに違いない、と玉蓮は確信した。

「……大医*(たいい)は?」

(*大医・・・王や妃付きの医者)

「それが、周礼様が『太后(たいこう)様の、お言葉である』と……『王の怒りに触れた者を、治療するなどとは何事か』と、大医を全て追い返してしまったのです!」

 玉蓮の思考が一瞬、凍り付く。周礼、そして太后(たいこう)(へび)と蜘蛛《くも》。その二つの(おぞ)ましい影が、脳裏で一つに重なる。