闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「崔瑾様」

 阿扇(あせん)が、さらに声を潜めた。

「まだ、ございます。王后(おうこう)宮の火災記録、太医(たいい)局の診簿(しんぼ)……ともに、その年だけ書庫の火災で失われたことになっておりました」

「火災につぐ火災、ですか。出来すぎた話ですね」

「ですが、奇妙なことに、診簿(しんぼ)の一部だけが残されておりました。こちらを」

 崔瑾は差し出された写しを受け取り、そこに視線を落とした瞬間、息を止めた。

「……これは」

「はい。前後数年の筆跡と、明らかに異なります。まるで、火災の後に、何かを隠すために、慌てて書き直されたかのように」

 崔瑾の指先が、まるで凍てつくかのように、冷たくなっていくのを感じていた。

(——そうだ。太后(たいこう)が隠したいのは、()の偽造のような手続き上の不正などではない。 王后が死んだ、あの火災そのもの。いや……火災だけではない、何かがあるはずだ)

阿扇(あせん)……あの夜、誰がどこにいたのか記録を押さえてください。(しょう)尚書(しょうしょ)を尋ねてください。彼なら、手に入れられるはず。その所在をまずは押さえましょう」

「は。すぐに動きます」

 夜更け、(ろう)の角に微かな伽羅の残り香が漂った。この香りは後宮の最奥でしか焚かれない——太后(たいこう)の手の者か。

(急がねば)

 崔瑾は机の拓を一度、軽く叩いた。