闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 ゆっくりと玉蓮の元まで歩いてきた崔瑾が、その腕の中に玉蓮を抱きしめ、そのまま髪を()く。彼の指が髪に触れるたび、玉蓮は無意識に身を固くした。この優しさから逃げ出したい、と。この温もりが、自分の中にある赫燕の熱を、まるで罪であるかのように、暴き立ててくるからだ。

「何を、していたのですか」

 崔瑾の問いかけに、玉蓮は伏せていた眼差しを上げる。彼の瞳には、偽りのない心配の色が浮かんでいる。

「……少し、感傷に浸っていたのです」

 言葉は自然と口をついて出た。

 夜空を見ていたはずなのに、目は何も映していなかった。耳に残るのは、もう聞こえぬはずのあの声。だが、その奥底に潜む真実を、伝えられるはずもなく、口を閉ざす。

「玉蓮殿……復讐を、忘れられませんか?」

 優しい眼差し。でも告げられた言葉は、玉蓮を射抜く。

「……旦那様」

 玉蓮の胸の内で渦巻く感情は、言葉では表現しきれないほどに複雑なもの。復讐という名の鎖に繋がれた自分と、この男の優しさに触れて揺れ動く心。

貴女(あなた)に復讐を忘れて、幸せに暮らして欲しいと思っています。ですが、糸口を探す貴女を守りたいと思うのも、私の偽りなき本心です」

 やはり気づいていたのだ。崔瑾ほどの男が、気づかぬはずがない。だが、彼はそれを咎めることなく、ただ見守っていた。泳がされているわけでもなく、見張られているわけでもなく——玉蓮自身の選択を尊重するかのように。

「……止めないのですか?」

 玉蓮が固く結んだ拳を震わせながら見上げれば、そこには、どこまでも優しい瞳がある。吹き抜ける風が、玉蓮の黒髪を撫でていく。玉蓮を抱きしめる崔瑾の腕に、さらに力が込められた。

太后(たいこう)と周礼という要を、壊そうとしておいでですね? 確かに、この国を動かしているのは太后派と呼ばれる一派です。大王は傀儡にすぎません。私も一派を瓦解させる一手を探していますが、あと一歩足りない」

「……旦那様も、お探しに?」

 玉蓮は、信じられないものを見るかのように崔瑾を見つめた。彼が、深く頷く。