闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 書斎に足を踏み入れた崔瑾は、重厚な木の香りに包まれながら卓へと向かった。静かに椅子を引き、腰を下ろすと、傍らに立つ阿扇に柔らかく微笑みかける。

「では、報告を聞きましょうか」

 崔瑾の声が書斎に響くと、阿扇は一歩、さらに崔瑾の近くへと寄った。

「は。まず、印庫の控えより。王后(おうこう)宮の火災前後の人事書簡に使われた印影と、現在の()(たく)を比較いたしました」

 阿扇(あせん)が印影の(たく)を差し出す。崔瑾はそれを手に取り、灯りにかざす。そこに浮かび上がったのは、本当に微かに、しかし確かに存在する、歪な形。

「……確かに、欠けていますね」

「はい。現在の()は、火災が起こる前年の春、王后(おうこう)様の行幸(ぎょうこう)の折に生じた欠けがございます。ですが……火災後に発布された栄転の辞令の数々。その印影に、その『欠け』はございませんでした」

 阿扇(あせん)の淀みない説明に、崔瑾は目を細めた。

「……複製の()を使った、と。口封じの人事のために、そこまで周到に準備を」

 崔瑾は指先で机を叩く。確かにこれは証拠だ。だが、これだけでは、あの太后を追い詰めるには弱い。そして何より、簡単すぎると崔瑾は思った。あの女が、これ見よがしな偽造の証拠を残すだろうか、と。

 嫁いですぐに貴妃(きひ)になり、太子を救い出した後、英雄となった新・王后。そして太后になった、あの方に逆らうものはいない。その油断が、この杜撰(ずさん)さにつながっているのかと崔瑾は思考をめぐらせた。

(……いや、違う。これは『(おとり)』だ。我々の目を『人事の不正』に向けさせ、本当に隠したいことから目をそらせるための……)