闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 玉蓮(ぎょくれん) ◇◇◇

 玉蓮が崔瑾(さいきん)に嫁いでから、一年と半分の歳月が流れていた。

 名実ともに、玄済(げんさい)国の将軍・大都督(だいととく)の妻として、玉蓮が過ごす静かな日々。夫となった崔瑾は、どこまでも誠実で優しい。庭に差す柔らかな光のように、彼の言葉は、玉蓮の中に降り積もっていく。

 碁を打ち、庭を歩き、季節の移ろいと共に花を愛でる。些細なことでも袖が触れれば、崔瑾はすぐに温かい手を差し伸べてくれる。玉蓮が美しいと口にした花々は、次の日には次々と庭に運ばれる。彼の言葉も、彼の行動も、その全てが真綿のように、玉蓮を包み込んでいった。


 夜、夫婦として肌を重ねた後、隣で眠る崔瑾の穏やかな寝顔を見つめる。その腕は常に慈しみに満ち、玉蓮の背を優しく抱き締める。それは、赫燕(かくえん)と交わした魂を焼き尽くすような激しい交わりとは異なる、静かで、確かな温もり。

 このまま、この温もりに満たされて眠りに落ちてしまえば、どれほど幸せだろうか。この人の腕だけを求めることができたなら、どれほどに——。

 玉蓮は、そっと彼の腕から抜け出すと、衣を纏い、月明かりが差し込む窓辺に立った。桃の木の葉が、風に揺られて、さわさわと音を立てている。

 脳裏をよぎるのは、この穏やかな日々とは真逆の光景。血と鉄の匂いが充満する獣の巣。耳に残る、荒々しい男たちの笑い声と、彼の不遜(ふそん)な低い声。そして、肌を焼くような熱と、魂ごと奪われるかのような激しい口づけ。

 思い出すたび、背筋に何かが()い寄るような、熱と震えが入り交じる余韻が残る。

 玉蓮は、(ふところ)に忍ばせた匕首に触れた。(つか)に嵌め込まれた紫水晶が、月の光を吸って、ひやりと冷たい。この冷たさだけが、崔瑾の温もりの中で溶けてしまいそうになる自分を、元の場所へと引き戻してくれる。

 太后と周礼(しゅうれい)、この国の要を壊す手がかりを、何も掴めぬこの状況に胸が詰まる。次の一手を考えなければ、そう頭をめぐらせた瞬間——


「玉蓮殿」


 静かな優しい声が、西の空を見ていた玉蓮の耳に届いた。匕首をしまい、振り返り、穏やかに微笑(ほほえ)んでみせる。

「旦那様」

 震えもしない自分の声をどこか他人のように思う。