闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 書斎に向かう回廊(かいろう)の途中、周囲の音がないことを確認して崔瑾(さいきん)は口をひらく。

阿扇(あせん)、玉蓮殿は嫁いできたばかりです。もう少し柔らかく接することはできませんか」

「……崔瑾様、あの姫は白楊(はくよう)国の者。何を考えているかわかりません。私は、崔瑾様を守らねばなりませんから」

 阿扇(あせん)の返答は、いつにも増して固い。(かたく)なな側近の言葉に、崔瑾は思わず唇から苦笑を漏らし、わざとらしくため息をついて見せた。

「それは、困りましたね。阿扇(あせん)には玉蓮殿を守って欲しかったのですが」

「……あの姫の歩く音からは、凄まじい武の匂いがいたします。私など不要でしょう」

 阿扇(あせん)の声には、いつもよりさらに低く、拗ねた子供のように、ぶっきらぼうな響きがあった。崔瑾はとうとう笑い声をあげる。

(武の匂い、か)

 あの姫が、ただの可憐な花ではないことを、阿扇(あせん)は見抜いているのだろう。だからこそ、これほどまでに頑なになる。

「……もし、私に何かあれば、北の門を抜けるように。あなたに託します」

「『託す』は撤回願います。私は、最後まで崔瑾様をお守りいたします」

 阿扇(あせん)は即座に反論したが、崔瑾は答えることなくただ微笑んだ。