闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 玉蓮はゆっくりと寸分の乱れもなく身を(ひるがえ)した。そして、彼女は令嬢たちに背を向けたまま、顔だけを少し横に向け、立ち止まる。

「皆様のように声高(こわだか)に訴えずとも、地位も礼も、然るべきところに収まるものですわ」

 声はあくまで軽やかに、立ち居振る舞いは優雅を極め、その纏う態度は微塵も崩れぬ威厳を保つ。

「では」

 短い別れの一言とともに、玉蓮は、崔家(さいけ)正室としての自らの格と、その地位に求められる品位を完璧に体現しながら、その場を去っていく。その、威風堂々たる背中を、阿扇は一歩も遅れず、そして一言も発さずに追いかけた。


 しばらく歩いたところで、玉蓮と翠花(スイファ)がどちらからともなく笑いだした。翠花(スイファ)は目を輝かせ、玉蓮を見上げる。

「奥様、本当に格好良かったです!」

「私は、やりすぎだと思います。あのような下賎(げせん)な会話など、捨ておけば良いものを」

 阿扇が呆れを隠さずにそう伝えると、玉蓮が首だけで振り返り、悪戯に笑う。薄紫の衣がきらりと光を放つように(ひるがえ)る。

「旦那様が側室を娶らぬ意味もわからぬというのに。あの程度のことで怯えるような令嬢たちが、崔家に嫁ごうなどと笑止千万」

 人差し指を立てて、どこか得意げに言い放つ玉蓮の堂々とした態度に、阿扇は思わず頭を抱える。

「大人げないですよ。もっと穏便に済ませるべきでした」

「あら。きっと、わたくしと年齢はそう変わらないはずだわ」

「だからと言って、あそこまで挑発に乗る必要はなかったかと。奥様の品位を疑う者も出てくるかもしれません」

 阿扇は、なおも諭そうとするが、玉蓮は首を横に振る。

「言わせておけばいいなどと思わない。ああいった中傷は、真っ向からねじ伏せるの。大いなる皮肉でね。そうでなければ、こちらの立場が(ないがし)ろにされるだけ。わたくしは妻として、崔家の名誉を守る義務があるもの」

 翠花(スイファ)は再び感嘆の声を上げ、阿扇はため息をついて肩をすくめる。

翠花(スイファ)は、気分爽快です!」

「そうでしょう?」

「それも後宮で教わったのですか?」

「いいえ、獣の巣で教わったのよ」

 その、あまりにも楽しげな、悪びれもしない笑顔。

(……もう、駄目だ)

 阿扇の中で、何かが、ぷつり、と切れた。忠誠心も、警戒心も、全てがどうでもよくなった。目の前の、この嵐のような女が、どうしようもなく面白くて、そして少しだけ眩しい。

「くっ」

 己の足元を見ながら、緩む頬をそのままにしていると、玉蓮が不思議そうに顔を覗き込んできた。