闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇

 その日、崔瑾(さいきん)の書斎には、重い空気が満ちていた。玄済(げんさい)国の北東の国境で、騎馬民族・大孤(だいこ)が戦を仕掛けてきたというのだ。聞けば、彼らの地はここ数年、深刻な干ばつに見舞われているという。討伐軍は送っているが、敵は険しい山岳地帯に巧みに身を隠し、戦は膠着(こうちゃく)していた。

「崔瑾様。また、霜牙(そうが)の地でございますな」

 馬斗琉(ばとる)が、忌々しげに地図の北を指差した。

「冬は骨まで凍え、夏は牙を()く灼熱の大地。しかし、あの乾ききった土地の先にこそ、我が国の水の源があることもまた、事実。ここは兵を増員し、力押しで一気に叩くしかないかと」

 馬斗琉(ばとる)の進言に、崔瑾は渋い顔で首を振った。

「それでは、こちらの被害も大きくなる」

 玉蓮は、二人のやり取りを静かに見守っていたが、やがて卓に広げられた地図の、大孤(だいこ)と玄済国の国境を指でなぞっていく。

「……ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 彼女の視線は、崔瑾と馬斗琉(ばとる)の間をゆっくりと巡る。二人の視線が、一斉に彼女へと注がれるが、玉蓮は、その視線を受けても動じることなく、まっすぐに問いを投げかける。

「この霜牙(そうが)の地。なぜ干ばつに(あえ)大孤(だいこ)が、これほどまでにこの地に執着するのですか? これではまるで国盗りのようです」