闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 崔瑾は、ふと書架(しょか)の奥に目を向け、卓の奥の棚から小さな箱を取り出した。

「阿扇、もう一つ頼み事を良いですか……」

 一瞬、言葉を選びながら、崔瑾は、はっきりと続けた。

「これを、桃の木の下へ」

「これは……?」

 阿扇が戸惑いつつも問いかければ、崔瑾はそっと窓の扉を開け、南庭を見やった。そこには、ぼんやりと灯りが照らす先に一本の桃の木がある。春に花を咲かせたそれは、今は闇の中に佇んでいる。

「……屋敷の南庭(なんてい)、あの木の根元に埋めてください。中には、阿扇が盛楽(せいらく)から持ち帰った記録の写しと、(しょう)尚書(しょうしょ)が命懸けで託してくれたあの紙片(しへん)が入っています」

 阿扇はその箱を手に取り、指先に伝わる重みに表情を引き締めた。

「蕭尚書が記した……『河伯(かはく)(ほこら)』のことですね。二十年前、王后様たちが捨てられたのでは、という」

「ええ。あなたが見つけ出した『人夫の数の矛盾』。そして、(しょう)尚書が突き止めた『荷車の行方』。……この二つが合わさって、ようやく太后(たいこう)がひた隠しにしてきた不都合な真実が形を成した」

 崔瑾の瞳に、深い苦渋の色が混じる。

「だが、この真実に近づくたびに、蕭家(しょうけ)のような犠牲が出る。…… 今、無闇に河伯(かはく)(ほこら)方面へ人を送れば、蕭妃(しょうひ)様や、解放されたばかりの尚書の命は今度こそないでしょう。蜘蛛は、獲物が網に触れるのをじっと待っているのだから」

「今は動けないということですね」

「はい。守る時は徹底的に守り、自軍が有利な状況になる条件を揃えねばなりません」

「……承知しました」

「もし……私がこの網に絡め取られ、結末まで見届けられぬときは……玉蓮殿へ託してください」

 阿扇は、不意に箱を抱え直し、思わず問うていた。

「……崔瑾様。まさか、これは——死を前提とした策なのですか?」

「念には念を。最悪を想定してこそ、一筋の希望が繋がることもある」

 冗談めかした口ぶりではあるが、崔瑾の言葉には、常に死と隣り合わせの覚悟が滲んでいる。阿扇の胸には小さな棘のような痛みが残った。