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しばらくの間、必要不可欠な言葉だけを発していた玉蓮に、ある日、崔瑾は、ずらりと並べられた軍議の記録をその前に広げた。
「玉蓮殿、こちらを」
「……なんです」
玉蓮の冷たさしかないような声を返されても、崔瑾はやはり、どこか微笑んでいるように見えた。そして、その地図の上に、駒を淀みなく置いていく。書簡も何も見ることなく、優雅な動きで次々と手を動かし、あっという間に戦の布陣が地図上に浮かび上がらせる。
「これは先日の鮮国との戦の記録です。玉蓮殿の目から見て、この布陣はどう思われますか」
顎先をさすりながら、目をどこか輝かせて地図を覗き込む崔瑾。玉蓮は、彼の問いに、初めは黙秘を貫いていた。だが、彼女の視線は地図の上を滑っていく。そこに描かれた鮮やかな布陣、無駄のない兵の配置。
玄済の将の戦術。憎むべき相手のもの。欠点を探すつもりで目を走らせたのに、気づけば指先がその布陣をなぞっていた。視線が吸い寄せられ、思わず口が動いていた。
「……この、左翼の部隊は囮ですね」
声が漏れた瞬間、心臓が跳ねる。しまった、と奥歯を噛み締める。だが、崔瑾はただ静かに頷く。
「ええ。あなたの目には、そう映りますか」
穏やかに微笑む崔瑾の瞳の柔らかな光を見つめられずに、玉蓮は、再び地図に目を落とした。

