闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 顔を上げれば、そこには見慣れた三つの顔。厳しいながらも深い愛情で導いてくれた劉義。甲斐甲斐(かいがい)しく世話を焼いてくれた温泰(おんたい)、そして、どんな時もそばで守り、慈しんでくれた劉永。

「先生、永兄様、温泰(おんたい)。誠に、世話になりました」

 深々と頭を下げた。長い黒髪が、するりと肩から滑り落ちる。顔を上げて微笑(ほほえ)むと、そこに温泰(おんたい)の震える声が届いた。

「姫様」

 大きな目がまるで泉のように潤み、目尻からとめどなく涙が溢れ出した。

「温泰。そんなに泣いては、目に良くありませんよ」

 かつて彼がよく口にしていた言葉を、彼に返したはずなのに、さらに嗚咽の音がさらに大きくなる。

「幼かった姫様が……まさかあのような修羅の軍へ」

 劉永とともに屋敷中を駆け回り、厨房(ちゅうぼう)から菓子をつまみ食いし、挙げ句の果てには秘蔵書を読み散らかしては、顔を真っ赤にした温泰(おんたい)に追いかけられた日々。その思い出が、今や遠い幻のように感じられる。

「首が百あっても足りぬと言いながら、いつも、わたくしたちを追いかけていましたね。それも今日で終わりです。どうか、永兄様を頼みます」

玉蓮が微笑(ほほえ)みかけると、彼は、顔をくしゃりと歪めた。

「は……い、命に代えましても、劉永様をお守りいたします。ですが、姫様っ」

 温泰(おんたい)の言葉は、まるで喉に詰まったかのように途切れ、その視線が玉蓮から逸れて、その隣に向けられた。

「玉蓮……」

 その声を聞いた瞬間、張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ息をついたように感じた。彼だけが持つ、穏やかな響き。

「玉蓮、父上の軍ではだめなのか?」

 いつの間にか握りしめていた手に、劉永が手を重ねて、一瞬のうちに決心したはずの心を震わせるから、その温もりを振り払うように、玉蓮は一度、目を閉じた。

 そして、守り鳥を懐から取り出すと、指先でひびをなぞっていく。姉の凶報が飛び込んできたあの日、みしりと音を立てて入ったそのひび。突き刺さった木片の痛み。己の唇から溢れた血の赤。

 忘れない、色。

「姉上の四肢を切り落とし、皮を()いだ玄済(げんさい)国のあの男は、今や王。太后(たいこう)と二人、強大な力を持っていると聞いております」

 唇の端を無理に引き上げ、笑みを作る。その顔が、ちゃんと笑えているのかは分からなかった。ただ、目の前の劉永の瞳が、哀しそうに揺らめいたのだけが見えた。

「毒を以て、毒を攻む。他に道はございません」

 劉永が何かを言いかけ、けれど言葉を飲み込むように喉を動かし、最後には力なく口元を歪めた。