闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 玉蓮(ぎょくれん) ◇◇◇

 少しだけ蒸すような風が、裾を揺らし、目に眩しい光が注ぐ中、玉蓮は支度を整えていた。

「奥様は、何をお召しになっても、お美しいです」

 侍女の翠花(スイファ)が無邪気に笑って、帯を締めていく。

 纏わりつく空気を一掃する爽やかな紅藤(べにふじ)色の衣に、玉蓮は視線を走らせる。玉蓮の衣の多くには、白菊が施され、銀糸(ぎんし)が使われていたため、光が当たるたびに(きら)めく。

「奥様の肌の白さと、この光る衣で、まるで天女(てんにょ)のようだと屋敷の者たちが申しております」

翠花(スイファ)……髪はあまり華美(かび)にせぬように。外に出るわ」

「外出されるのに、飾らぬのですか?」

「旦那様の評判を(おとし)めぬよう、自制せねば。ただでさえ敵国の公主は目立つのよ」

「……御意(はい)

 支度を終えた玉蓮は、翠花(スイファ)と護衛を伴って大都督(だいととく)()を出て、馬車に乗り込む。大通りを南下し、小道をたどっていくと、(しょう)将軍の屋敷が見えてきた。門番に顔と名前を告げると、すぐ屋敷内へ通される。

 廊下を抜け、光の揺れる広間に足を踏み入れた瞬間、玉蓮は、かすかな緊張の匂いを感じる。現れた(しょう)将軍と夫人の眼差しは、どこか遠くを見つめていた。(しょう)将軍は蒼白な顔で、まなざしだけが宙を彷徨(さまよ)い、夫人は衣の袖を指先でぎゅっと握りしめている。

(しょう)将軍、先日はご挨拶もそこそこに失礼いたしました」

 玉蓮は深く頭を下げた。(しょう)将軍は、一瞬言葉に詰まるようだったが、やがて重い息をついて招き入れた。

崔夫人(さいふじん)、ありがとうございます。まさか我が屋敷にお越しになるとは」

 広間の奥へ進むと、(しょう)将軍は背後を気にしながら卓に座り、切り出す。

「本日はどのようなご用件でお越しくださったのでしょうか」

「……(しょう)尚書も戻られたとお聞きしております。(しょう)()様はその後、ご回復されましたか?」

「……はい。なんとか、崔瑾(さいきん)様が手配してくださった太医(たいい)のお陰様で、危機は脱したようです」

「そうですか……」

 玉蓮が視線をふと、周囲に巡らせれば、(しょう)将軍は手を上げて側仕えの者たちに下がるように指示をする。(しょう)夫人も同様に、頭を下げてその場を後にする。

翠花(スイファ)、あなたも下がりなさい」

 一瞬、翠花(スイファ)はためらうそぶりを見せたが、玉蓮が「周囲を確認するように」と加えると、頭を下げて出ていった。