闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「顔をあげよ」

 太后の静かな声が、玉蓮の耳朶(じだ)に響く。下げていた視線をゆっくりと上げる。玉蓮は、その深淵のような瞳の奥を見た。この全てを見下し、全てを値踏みする、絶対的な眼差し。圧倒的な存在感が、息を詰める。

「この美しさ。月貌(げつぼう)とはよく言ったものだ」

「恐れ多きことにございます。わたくしめなどは、小さな灯り。太后様の輝かしい光の前では、沈んだ月も同様です」

 太后の瞳が、静かに細められた。

「ふ、口も頭もよく回る娘だ。立つが良い」

「ありがとうございます、太后様」

 玉蓮は、ゆっくりと立ち上がり、視線を上げることなく、(わず)かに下がる。そこに、王がゆっくりと近づき、玉蓮の肌を舐めるように視線を動かした。

「玉蓮、そなたを待ちわびていたぞ。先の戦では勝利することはできなかったが、まあ良い。そなたが玄済(げんさい)国に贈られてきたのは、あの戦のおかげだからな」

 王が近づいた瞬間、(ふところ)に隠した匕首(ひしゅ)が、まるで呼応するかのように、じり、と熱を帯びる。あの男から与えられた、冷たい鋼の炎。その切っ先を、今まさに、目の前の王の喉笛に向けているかのような錯覚。その揺らめきを悟られぬように、玉蓮は静かに目を伏せる。そして、王が玉蓮に手を伸ばそうとしたその時。

「大王様」

 崔瑾(さいきん)が一歩前に出て、玉蓮の腕を優しく引き、自身の背に庇うようにして立つ。玉蓮の視界が、崔瑾の背でふいに遮られる。その背に流れるぬくもりが、玉蓮の呼吸を一拍だけずらす。

 だが玉蓮の瞳は、その背の向こうに向けられていた。男たちの表情、目線、身じろぎの全てを観察していく。欲望、警戒、優位、恐れ——それらがどの駒に現れているか、冷静に見極めるように。

(なるほど。ここもまた獣の巣、か)

 だが、赫燕のあの血と熱の匂いのする巣とは違う。より冷たく、そしてより粘つくような闇が、この玄済(げんさい)国の王宮には渦巻いている。そして、その闇の中でただ一人。この崔瑾という男だけが、あまりにも場違いな光を放っている。その背に浮かぶ微かな光を、測るように——いや、計りかねるように——玉蓮は、そっと瞳を細めた。