闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。



 屋敷の書斎に戻り、傍らの水差しから杯に水を注ぎ、それを一気に飲み干した。喉は冷たいが乾いたままだ。溜息は体の奥底から漏れ落ち、顔を覆った手に、微かな震えを伝えた。

 脳裏に蘇る、あの粘つくような周礼の笑み。そして、居並ぶ大臣たちの事なかれ主義の目。崔瑾は、卓の上で拳を固く握りしめた。血管が浮き上がり、関節が白くなるほどの力で。

(——守れるのか。民を、兵を、そして——)

 その時、不意に静かな衣擦れの音がした。はっと顔を上げると、いつの間にか、玉蓮がそこに立っていた。午後の淡い光を受け、清楚に輝く桃色の衣と玉の髪飾りが、彼女の美しさを際立たせている。

「旦那様……」

 玉蓮の控えめな声が、凍てつくような心の中に吸い込まれていく。腹の底が焦げつくように熱くなる。鼻の奥がつんと痛み、唇が震える。

「兵たちは、国を、民を守るために命を散らしてきた——それなのに、私は」

 一瞬、声が震える。

大都督(だいととく)でありながら、この国を守れないのか」

 崔瑾の脳裏には、国境で異国と戦い、散っていった兵士たちの顔が次々と浮かび上がる。ひたすらに国のために捧げられた命たち。

 彼らは決して名もなき民ではない。一人ひとりが、誰かの親で兄で、弟で、息子なのだ。剣を取り、盾となって戦い抜いた彼らの声にならない叫びが、頭の奥でざわめき、胸を揺らす。彼らの死が無意味であってはならない。

(——進め。歩みを止めるな)

 無意味なものになど、してはならない。

「……すみません。落ち込んでいる場合ではありませんね。今、止まれば、全てが終わってしまう」

 崔瑾は、自らを鼓舞するように、固く拳を握りしめた。そこに白く柔らかい手が重ねられる。思わず顔を上げると、今にも泣き出しそうな玉蓮の顔があった。その瞳は潤み、唇は微かに震えている。

「玉蓮殿……」

 崔瑾は、重ねられた玉蓮の手に、そっと自分の指を絡める。ひんやりとした手から、じんわりと広がる熱に、胸の内が波打った。